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第10話

「日向さ〜ん!」 「はい。なんでしょう?」 今朝は珍しく、学校へ行くと声をかけられた。振り返ると、穏やかな雰囲気の只野先生がいた。 「いやー困った事がありまして…。昨晩、どこぞの生徒が勝手に職員室に入ったらしくて、入口の鍵が壊されてまして。日向さん、鍵の取り替えとか、出来ないかな?」 「……でき、ます…。」 ざわざわと胸騒ぎがした。 「良かった!じゃ、急ぎで今からちょっといいかな…?」 「はい…。あの、なにか、盗まれたりとかは?」 「あー、此処に勤めている教諭や職員の名簿がなくなっていたようだよ。ま、大したもんじゃないから良かったよ。」 「…そうですね。」 …煌だ。 探している。自分の立つ地面がひどく脆く感じて、気分がぐらつく。今すぐここを逃げ出したい衝動が強まる。 名前は変えてるし、名簿に顔写真はなかった。よな? 先を歩く先生が何が話しているが、そちらの事が気になり、中身のない相槌を打ちながら職員室に向かった。ここにあいつらが居る、そう強く感じさせられた後だと、より校舎内に居る事は俺の平静を失わせる。 「しかし日向さんなんかイメージ変わりましたね〜。急に眼鏡だし、一瞬誰かわからなくて…」 「はぁ…」 「花粉症とかですか?」 「いえ…」 (…っ!) 噂をすれば…。 「獅道くん何に出るのー?」 「牙狼くんも背が高いし、皆でバスケとか?」 「そしら、次の球技大会はうちのクラス圧勝じゃない?」 俺達の進行方向、その先が賑やかだ。見れば教室前の窓にもたれ掛かり、数人の生徒に囲まれた煌と柊がいた。 あっちの世界同様、あいつらはこっちでも人に囲まれてる。いつぞやの自分の記憶を見ているようだ。 「……」 「……」 ちらり 煌か柊か、誰かの、どちらかの視線を感じた。しかし俺はそちらを向く事なく、先生について歩いた。歩き方はぎこちなくなっていないだろうか?表情は強張っていないだろうか?自分の四肢に意識を張り巡らす。自分に自然体になる事を強要する、それは何とも変な感覚だ。 どくん、どくん、どっ、 「……匂い…」 あ。 「あ!只野先生!!」 煌?がポツリと呟き、俺が思わず顔を上げそうになった時、1人の男子生徒が先生に声をかけた。 「ちょっと、来てもらえませんか?」 「あぁ、西野くん。はいはい。補講の件ね。日向さん、先に行ってて下さい。」 「はい。」 どうやら只野先生を呼びに来たようだ。そのまま2人は何処かへ慌ただしく去っていった。俺もその流れに便乗し、足早にその場を離れた。 ---- あー、暑い……。 「日向さん、お茶、追加で作って来てもらえますか?」 「はーい。分かりました。」 基本的に仕事がら、体力勝負の仕事をさせられる覚悟はあった。しかしこれはきつい…。 球技大会で、俺は給水所担当になった。給水タンクを持ち、何度も校舎とグラウンドを往復する。まぁ、こうしてると、名簿の事も頭から少し離れるからいいか? 「うっわ…」 しかし放っておいてくれないのがアイツらだ。今度は単純くそ馬鹿犬か…。 給水用のお茶は家庭科室で沸かしているが、その家庭科室のある棟に伸びる人気のない渡り廊下の隅に、座って眠る柊がいた。渡り廊下の衝立に寄っ掛かり、こっくりこっくり…船を漕いでいる。色素の薄い髪が、フワフワと揺れている。あの様子だけ見ると、穏やかな人の良さ気な奴なのに。……犬だな。 「…迂回しよう。」 このままそっとしていれば、寝てるし気づかれる事もないだろう。 「はーっ、疲れたー!」 「あっちぃー!!」 踵を返して歩き始めたところで、ガラの悪い生徒とすれ違った。え、柊……大丈夫か…。あんなとこで寝てて。ぽややんとしていても、図体はでかいんだから邪魔だろ…。 ゴンッ 「いったー。手、いったー。」 「…っっ!」 !どっ………………どゆこと。 しかし俺の予想はある意味外れた。殴りかかったのは、柊だった。 な、なに?あいつ、喧嘩とか出来んの?柊はまた独特な奴だ。IQは高いと聞くが、それ故?どことなくおっとりぽややんと…浮世離れしている節がある。端的にいうと、ズレている。 俺はオロオロとしながら、とりあえず物陰に身を隠した。 誰かっ!誰も来なかったら…助けるべきだろうか…。多勢に無勢…てか、ぽややんの柊だし…。でも、出たらバレる…。いや、学校にいる事はもうバレてるし…。 「ねぇ〜、凄い苛々する。溜まってしょうがないし…。殴らせて。」 いや、何言っちゃてんの…あの犬…。変なテレビでも見た…? 「お前っ!」 「ふざけんなっ!」 俺が戸惑っているうちに、柊達の方はヒートアップしていく。 あぁ!そうだよね!いきなり殴られたらそうなるよね…!分かる分かるっ!柊はただ馬鹿で図体でかいだけで、違うんです!!煌とかっ、とりあえずどこ行ったんだ!不要な時はいつも湧いて出るのに! 俺は物陰で1人であわあわとする。物陰からは柊の表情は見えないが…結構ヤバくないか。 ゴンッダンッ 「えぇっ、」 しかし俺の心配を他所に柊は素手で思いっきり他の生徒を殴った。人を人と思っていないように、殴る、蹴る。 …いや…怖いんだけど…。?あれ?本当に柊??また俺はちらりと確認するが、やっぱり柊だ。 …え、あいつ…そんななの? しかし今度は別の心配が生まれた。 (……やっ、やり過ぎ…!) 柊は相手の動きが鈍くなってきても、ガンガン殴りまくる。 ちょっ、相手、ヤバいだろ…。 相手はぐったりともうほぼ動かなくなってきている。 その時、俺の汗が、ふわりと吹いた風で冷えて、冷たい嫌な汗になった。 「………」 すると、ピタリと柊が動きを止め、ふっと、顔を上げた。 「…………クロ?」

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