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第30話

「はぁっ、ふっ、…っ、んんっ、〜〜っ」 クロの動きが単調になってきた。瞳の色もくすんで弱い。所々、鬼塚玲次の顔が浮かんで、八つ当たりの様にやらせ過ぎたか…。クロに自分の言う通りに動いて欲しいのか、抵抗して欲しいのか、もはや自分でも分からなかった。 「はぁ…」 思わずため息が漏れた。漏れた後に、クロに聞かれたら流石に不味いかと思ったが、聞こえていないみたい様だ。こんな、人形みたいなクロ……楽しくない。 「……たく」 なんでそんなになってまでも、やるんだよ…。自分がやれと言ったが、本当に何でもこちらの言う事を聞くクロに腹が立つ。やってるのは全て、鬼塚玲次のためなんだろ? そう思うと、自然と声が漏れてしまった。 しかし…あーあ…。ボロボロ。 俺はクロの頬に手を当てた。するとクロは俺の顔をチラリと見たかと思うと、うっとりと目を細めた。 「?……!」 そして珍しく、自らするりとその手に頬ずりしてきた。  「…ふっ」 クロを組み敷いて、支配すると要求が満たされ満足する。しかしこのクロの甘えてくる様な行為は、それ以上に満足感を得られた。クロの体温が暖かくて、つい口元が緩んだ。 その後、クロはふらりと俺の首元に顔埋め、さらに口付けてくる。ちゅっ、ちゅっと可愛い音がして、俺は思わず声を出して笑いそうになる。可愛い。 「はっ、そんなに……」 「……いじ……き…」 クロが小さく呟いた。自分の中で心音がどっと大きく響き、ひくりと固まる。 まさか、まさかまさか…… 「れ、いじ……す、き…んっ、ぅ」 クロがもう一度呟いた声は、確実に聞こえた。 「っ!」 感情がどっと押し寄せてきて、その勢いに俺は息を呑んだ。 「お前……っっ!」 その後に来るのは酷い喪失感と怒りだった。 俺は半ばクロを投げ飛ばす様に荒々しく押し倒した。クロはまだ惚けており、乱暴に投げ出されてもぼんやりと俺を見上げるだけだ。そうなんだよな。お前は俺をみている様で、全く見ていない。前からずっと、全然見てはくれないんだよな。 「あぅっっ」 俺が再び挿入すると、その刺激にクロが僅かにのけぞった。 「お前はっ、本当に苛々させてくれるなっ!」 「ふっ、ぐっ、あぐっ、っっ!!」 「俺をっ、見ろっ!…っ、見ろっ!!」 押さえつけて激しく動くと、クロの力の入っていない体が人形の様に揺れる。 「俺だけ、見ていろっ!はっ、どれだけお前が逃げても、」 「んん゛っ、〜〜っっ!」 「お前は俺のものだ。俺のものっ!俺の、」 俺のもの、俺のもの、俺のもの、俺のもの、俺のもの、俺のもの、俺のもの、俺のもの、俺のもの… ガクガクと揺さぶられているクロの顎を固定し、言い聞かせる様に何度も何度も言葉を流し込んだ。首筋に噛みつき跡を残す。いつもより更に激しく犯した。 きっと、今のクロに何を言っても届かない。独り相撲をしているようで、こんな事馬鹿みたいだ。そろそろやめなければならないのに、やめられない。 「あっ、ぐっ、〜〜っ!……っ!」 「っっ!」 一際大きく震えて、クロの体からかくりと力が抜ける。俺も同時にクロの中に放った。 「はぁっ、………」 なんで、見てくれないんだ……。好きになって、愛してくれない。一言、クロが言ってくれれば、全てクロの思い通りにするのに…。優しくしてもダメで。追い込んでもダメで。じゃあ、どうすればいいんだ。 俺はまだひくりと痙攣するクロに被さり、衝動的に乱暴なキスをした。大した反応は得られないが、どこも彼処も俺で埋め尽くしたい。まるでマーキングする様に執拗に口内を占領する。 「……はっ」 口を離すと、つぅっと2人の唇の間に透明な糸が伸びる。しかしそれも程なくしてプチリと切れた。まるで2人の関係性を表すようだ。 クロは、何度やっても、何をやっても、指の間からすり抜け俺から逃げていく。今まで手に入らないものはなかった。しかし、1番欲しいものが手に入らない。やり方が分からない。分からないのにその事ばかり考えて、頭がおかしくなりそうだ。……もう、おかしくなっているのかも知れない。 「……どこがいいんだよ…、あんな奴…。」 クロも俺の事だけを考えていればいのに。もういっそ何処かに閉じ込めて、俺の声だけを聞かせて、俺だけを見せて、俺とだけ会話する…何度も危ない思想が脳内を巡る。しかし、俺はクロにクロのままで俺を受け入れて欲しい。クロに壊れては欲しくはない。いつも繰り返してしまう押し問答だ。 (だいたい、あんな奴が好きだと?) あんな奴、まともなはずが無い。クロが騙されていることは想像に難くない。 「鬼塚玲次……お前なんか……地獄に落としてやる…。」 アイツの嘘の仮面をひっぺがして、引きずり下ろしてやる。 俺は暗い部屋で瞳を光らせた。 ---- 「クロは元気か?」 指定された場所、深夜の公園に行くと、鬼塚玲次がいた。開口一番にクロの事を聞いてくる。コイツからクロの名前が出る事すら不快だ。 だいたい、この前は『ふーん』の一言だったのに、本当に心配してるのか? 俺は怪訝な顔をした。 「……用件だけ言え。」 「ちゃんと食べさせて、睡眠は確保して休ませろよ。複数人で連日やるな。無理させるな。」 俺は突っぱねるが、玲次は小言の様な事を尚も続けた。 「しかし、嫌だよな。クロを他の奴に触られるのですら嫌なのにな。」 「………さっさと本題に入れ。」 こう言うところが腹が立つ。こちらに同調して、懐柔して、操ろうとしてくる。俺はむすりと玲次を睨む。しかし対する玲次はどこふく風で、俺を鼻で笑う。 「これこそが本筋だ。」 「……」 「お前は何故、他の奴とクロを共有をしている?」 「お前には関係ない。」 玲次は真っ直ぐとこちらを見据えて聞いてくる。 「大いにある。番契約する時、後の2人は大人しく引き下がるか?引き下がらないだろうな。」 「……」 黙る俺を玲次は冷たい目で見た。 「俺は、お前がクロと番契約を結べる様に力添え出来る。」 「はぁ?」 何を言っているんだ。こいつはクロをどうしたいんだ? 「お前が手を切って保健室に来た時に、血を採取した。そして鑑定した。お前と俺は全く同じ人間だ。」 薄々気づいてはいたが、やはり保険医と玲次はつながっているらしい。そう言うと、玲次は紙を差し出してきた。 「……」 玲次の言う通り、それは鑑定書だった。それには俺と鬼塚玲次が同一人物だと記載されていた。しかしこんなものがなくても、感覚で既に確信していた。大した驚きもない。問題はそれと番契約がどう繋がるかだ。 「それがどう話に繋がる?」 「…はぁー、察しが悪いな。」 「……」 玲次はポケットからカッターを取り出し、徐にプツリと自分の指を切った。 「何やってるんだ?お前、本当に頭……」 プツリ 言うや否や、俺は握りしめた鑑定書の切れ端で指を切った。玲次と全く同じ箇所だった。 「……」 そうか。 俺は自分の傷と玲次の傷を見て、納得した。 「傷も連動してる。」 玲次は呟いた。 「…番契約もってことか…。」 俺の呟きに玲次はこくりと頷く。話が見えたが、俺が玲次の話を信じるかは全く別の話だ。ただこの申し出を利用する価値はある。こいつを引き摺り下ろす為に、こいつとの関わりは必要だ。相手も、俺の思考をそこまで見越しての申し出なんだろう。 「それで鬼塚玲次、お前の本当の望みは何なんだ?」 だから、本題はこの次に出てくるはずだ。 「……クロと、クロの父親の関係を壊したい。クロから、父親という逃げ場を取り上げたい。」 「……」 なるほど。残念な事だが、こいつと俺は頭の中も、考えも同じようだ。 「…クロの父親は消すことは出来ないし、勝手に動かす事は出来ない。しかしそれには考えがある。」 「それはどういう考えだ?」 何処までも傲慢な奴だ。全て自分でコントロールしたいらしい。 「クロの父親は、俺の父親のものだ。父の采配にもよるが、いづれクロの父親は誰にも会えなくなるだろう。そのやり方を、父と相談出来る。」 「……なるほど。いづれと言う所は気になるが…分かった。早々にお前の父親と会話して俺に連絡しろ。」 俺の話に、玲次は顔色一つ変えずに頷く。 「あと、クロを閉じ込めるな。解放しろ。ヒートが来た時に、他の2人と密室にいるのは宜しくない。そもそも、過度にストレスを与えるとヒートが来ない可能性もある。精神の安定が必須だ。」 「そのやり方は、こちらで考えている。クロからお前に連絡をさせる。」 呼び出された時からその事は言われると考えていた。問題はここからだ。 「……ところで、お前、クロに随分優しくしてやっているんだな。」 「……」 話しは終わったと、さっさとこの場を去ろうとする玲次に俺は話しかけた。 「俺は、クロを支配して、俺で埋め尽くし、四六時中、俺の事だけを考えさせたい。」 無表情のまま、玲次は俺を振り返った。お前が俺を分かる様に、俺もお前を分かるって事だ。 「やる時もそうだ。支配する。だから、あまりにクロの聞き分けが良くない時は、クロにギリギリまで我慢させる。」 「……」 「そうして、限界になりクロが屈服しだしたら、クロに強請らせ、クロにやらせる。」 玲次が俺の言葉に目を細めた。 「快楽を与え始めたら、どんなにクロが泣いてもやめない。クロの全ては俺が支配するんだからな。」 クロの周りから人や繋がりを排除する。そんな奴が、今の甘い関係で満足な訳がない。こいつだって俺と同じなんだろ? 「自分の下で鳴いて、俺に縋るクロは最高に興奮する。必死に俺の機嫌をとる策を考え、四苦八苦してな…。その時こそ、クロの頭の中は俺の事でいっぱいなんだろう。」 「だから……なんだ。」 玲次の言葉に俺はにやりと笑った。玲次の言葉に、先程までのキレがない。

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