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第36話
「はぁー、楽しっ♡煌、本当に今日もクロ帰しちゃうの?」
「……そうだな…」
冬夜がクロから離れてこちらの方へ近づき、ペットボトルから水を飲んだ。
「あーあ、一晩がっつりクロと遊びたいのになぁ〜。」
「……」
視線を冬夜からクロへ戻すと、柊がクロの首に巻かれたゴムをガジガジと齧っていた。齧る隙間からは、柊の鋭利な犬歯が覗いていた。
「柊、それ壊すなよ。」
「……はぁっ、クロ、好き…全部食べたい位…好きぃ…。」
「ひっ…っ、や゛、もっ、〜〜〜っ!う゛っっっ!」
柊は俺の言葉を無視して、べろりとクロの項を舐める。その感覚に、クロがびくりと震え体を丸めようとする。しかし柊がそれを許さず、クロの体を強引に引き上げる。
「……」
こいつは本当に…。
柊が段々と言うことを聞かなくなって来ている。こちらの世界に来てからそれは拍車かかっていた。
時間がない。しかし、さてどうしようか。玲次はああ言うが、俺はクロと父親の関係に手をつけるのはまだ時期尚早な気もしていた。だってあの関係は、放っておいても勝手に切れる。玲次の思い通りにこれ以上動くのも腹が立つ。
「そろそろ潮時か……」
俺は小さく呟いた。
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やっと土曜日だ!
俺は幾分解放感を感じて起きた。だって、学校がなければ、アイツらと会う事もない!呼び出されればあるかもしれないが……今のところは自由だ!
「いやー、動物園とか、久しぶり過ぎる〜。」
「ははっ、日向楽しそうだな。」
「ああ!」
という事で、天気も良かったので、2人で動物園に来ていた。元々、この世界に来て動物園に行くのはしてみたい事の一つだった。あちらの世界にはないものだからな。
「あ、パンダ!玲次、パンダ観ようぜ!」
「いいよ。」
はしゃぐ俺に、玲次がニコニコとついてくる。
「あぁー、パンダ可愛いな。あっちの世界と全然違って、可愛い…。」
あっちの世界でパンダは肉食獣顔負けの怪力と体格があるからなぁ。癒し要素は皆無だ。
「はーい、止まらず、歩きながら見てください。」
「あっ、わっ、わわわっっ」
俺が足を止め食い入る様にみていると、係員にそらを注意され肩を押された。
「とっ…!」
俺はよろけで、玲次の胸の中にこける。
「日向大丈夫か?」
「あぁ。ごめんな…。こっちの世界のパンダが余りに可愛すぎて…。」
「ははっ、そうか。日向も可愛いよ。」
玲次は俺を離さず、肩を抱き寄せ歩きながら笑った。俺はそれを聞いて自分の顔が赤くなるのを感じた。
「はは、玲次何言ってんだ。」
「本当本当。可愛いよ。本当に…檻に閉じ込めて、そこでずっと飼いたいくらい。」
え。何…。
違和感に俺が玲次を見上げるが、玲次は変わらず優しい笑顔を浮かべ微笑み返してくる。
「さ、日向、次は何見る?」
「あ、うん。…うん。えと…」
違和感はあったが、その後は今まで通りだった。俺の思い違いだろう。
「あ。」
「どうした?」
「ははっ、いや、ライオンが寝てる。」
「?」
そろそろ昼ごはんにしようかと言う時になって、俺はたまたま通りがかったライオンの檻の前で足を止めた。観ると、ライオンはだらしなく腹を出して寝ている。ヘソ天ってやつ?
「あはー、腹出てるし!ウケるな。」
「そんなに面白い?」
「あははは、うん。面白い。だらし無い時の煌みたいで笑える。煌もよく学校の屋上で……あ、いや、何でもない。」
「………」
玲次は俺の顔をじっと見つめる。玲次に煌の話をするなんて、俺もどうかしてる。そんなの、聞きたいわけがない。
「……日向、煌とはどうなんだ?」
「え?!どうって…どうもないけど……。」
「けど?」
「……」
玲次に促されるように、俺たちはライオンの檻の前のベンチに座った。ライオンは緩慢な動作で寝返りをうつ。
「ただ……なんでこんな風になっちゃったんだろうってさ…考えちゃうんだ……。」
「……」
「前は仲良かったんだ。普通に。…一緒にいて、楽しかった。」
「…日向のせいじゃないだろう。」
「うん。それは、そうだろうけど………。」
「昔に戻りたいのか?」
「…………。ていうか、煌はなんであんな事、俺にするんだろう。」
「え。」
「え?」
俺の疑問に、玲次は驚いた顔をしていた。え?俺の疑問、おかしくないよね?
「そ、それは……煌が、日向の事を…」
「あーいやいや。煌が俺を好きって事はないぞ。」
「……」
俺は首を振る。それは俺も流石に最初に考えた。けど、そんな気がしない。全然しない。
「あってただの所有欲?というか、思い通りにいかないのを駄々こねてるだけだろ。煌、ああしてて子供っぽいし。」
「………」
だって、好きなのに、あんな風にやるか?酷すぎるだろ。
「はっ、使ってみたらケツの調子良くて、そっちを好かれたってのはあるかもな。俺、無駄に体丈夫だし。」
「……日向。」
玲次が俺をギュッと抱きしめた。人目はあらが、こうされるの嫌いじゃない。だから俺は大人しく、玲次の行為を受け入れた。…………。
「玲次…、なんか…香水かえた?」
「………」
さっきからの違和感がまた俺を襲う。玲次は仕事柄、普段は香水なんてつけないけど、休日は少しだけ付けていたよな?
「日向、俺に抱きしめられるの、嫌いか?」
「?ううん。好きだよ。抱きしめられると嬉しい。」
「今も?」
「うん。」
「今の匂いは好き?」
「うん。」
「そうか…。」
玲次が口の端を上げて笑った。
…え、何、その笑顔。その笑顔…、その顔はまるで……。
俺は玲次に抱きしめられたまま固まった。何かにピシリとヒビが入る。
「もう、アイツの香水なんか要らないと思って付けてないんだ。」
「……え?」
アイツ?
玲次とは……今朝、家から一緒だ。朝、朝食を一緒に食べて。一緒に電車に乗って、一緒に来た。……そんなわけ…ない。
ポロリとポロリと剥がれる。
「はは、どうしたんだ?そんな顔して。」
「………。」
「なぁ?どうしたんだよ。……クロ。」
「……!!」
俺は勢いよく、ベンチから立ち上がった。寝ていたライオンが、むくりと顔を上げてこちらをみる。
「……嘘。嘘嘘嘘!!…っ、なんで………。」
「はははっ、何をそんなに驚いてんだ、日向。」
……日向。と、言う事は、玲次?は、座ったままニコニコと笑った。
しかし対する俺はその場で頭を抱え込んだ。なんで?どういう事?!目の前にいるのは、玲次?……それとも……煌?
「俺は玲次だよ。」
「……あ。」
やっぱり。そんな訳ない……よな。
「なーんてな。お前、やっぱりアホだな、クロ。」
一瞬ホッとした顔の俺を、煌は鼻で笑った。
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