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第37話
「嘘…そんなの……嘘だ……」
「……ふっ、クロ〜、そんないい顔すんなよ。」
「っ、」
そう言って煌は俺に手を伸ばした。しかし俺はその手をはたき落とした。いつもなら煌を怒らせる事はしないが、今は頭が酷く混乱していた。
「ははっ」
煌だ。
笑いながらいつものように、どかりとベンチに座り直す。その姿はもういつもの煌だ。
「この前一緒にベットで寝た時も、さっきも、俺に懐いてたのにな。俺に抱きしめてもらうのが好きなんだろ?毎回そう言ってたのに、冷てーな。」
「こ、この前?なんで……じゃぁ、玲次は…?」
「勿論。アイツも承知の事だ。アイツとも2人で遊んだろ?」
「……………え?」
煌と玲次が入れ替わって。煌が玲次のフリをしていた。玲次も煌のフリを?フリして、何をしたんだ…?
俺の戸惑いを察知して、煌がニッと笑った。
「だから、された事をしっかり覚えとけって、前に言っといただろ。」
「っ!!」
それは更衣室で言われた言葉。じゃぁ、その前夜。旧校舎いたのが………玲次?
「…そんな…………」
「アイツに、俺になってお前の日向をたっぷり好きなように犯してみませんか。って言ったら、直ぐに頷いたぞ。」
「…そんなの、違う……」
「旧校舎で遊んでもらったんだろ?ははっ、その次の日、お前、俺に会ってめちゃくちゃ怖がってたよな?」
「違う……」
「お前は、玲次に、何されたんだろな?」
「……そ…」
「あれがアイツの本性だろうな。」
「そんなわけない!」
俺が思わず叫ぶと、煌が眉間にシワを寄せた。
「……じゃぁ、お前の信じてる優しい優しい玲次に、『何で、名簿を盗んだんだ』って、言ってみろよ。」
「名簿……?…あ」
「前、学校から盗まれんだろ?」
玲次の部屋で、見た…。けど、あれは違うって…。
「アイツ、嘘ついてるから。」
「……。」
「大丈夫大丈夫。」
「……」
「お前がぼろぼろになっても、また迎えに行ってやる。」
「……」
煌が口の端を上げて笑う。
「おら、行けよ。」
「……っ」
俺は走り出した。
玲次……玲次!玲次があんな事、する訳ない!!居るかも分からない。けど、会って、確かめないたい。会って、違うって、玲次の口から言って欲しい。
「はははっ、さて、どうなるかな……」
後ろで笑う煌の声が聞こえた。
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「はぁっ、はぁっ、」
動物園から俺は急いで玲次の家に帰って来ていた。玲次の家の玄関の前に立つ。
「ふっ、……っ、」
入るのが怖い。知りたいけど、知るのが怖い。この玄関の扉を開ける事は、パンドラの箱の蓋を開ける事と同じ事なのではないか…?
「れ、玲次……。玲次……。」
しんと静まり返った室内、玲次の返事はない。
「玲次っ……煌が、煌が変な事言ってて……。居るなら、出て来て……玲次……。」
出て来ないで……。
出て来ないで………。
出て来ないで…………!
「……日向、どうした?」
「!!」
……居た。
玲次は笑顔で出てきた。
「玲次!!」
靴も脱がず、俺はそのまま玲次に抱きついた。
「煌が…、玲次だったはずなのに、煌で、その煌が、変なこと言ってて…。」
「はは、日向、何言ってるんだ?」
「……そうだよね。」
「そうだよ。」
「ごめん。変なこと言って。」
玲次は俺の頭を撫でた。いつもみたいに、優しく笑う。
……いや、なんで?なんで、いつも通りなの?
「………」
「?どうした?日向??」
俺は玲次を見上げた。
だって、朝から俺は煌とこの家に居た。途中で煌と玲次が入れ替わってても、俺が急に現れたら普通はもっと驚くだろ?そもそも、今日動物園に行く事は、前から何度か話していた。急にこうして現れて、
なんで、そんな、何事もなかった様なの?
「……玲次…………」
「なんだ?日向。」
「……何で……名簿盗んだんだの?」
「………」
俺の話を聞いて、玲次の顔からはすっと優しい笑顔が消えた。
「…………れ、…玲次……?」
「………」
「……煌の言う事なんて……全部、嘘だよな?」
「………………………ふっ、……………ははっ、そうか。はっ、はははっ、はははは。」
少しの間を置いて、玲次が笑った。笑う?今、何で笑う…。
「はっ、皆が何故こうするかが分かった。」
「!」
玲次は俺の顎を持ち上げ、キスをした。俺は茫然自失でされるがままだ。
何が?どうして?今、何が起こってるんだ?
「日向、そう、全部、全部嘘だ。」
「あ、」
そう言って、玲次はにっこりと笑い俺の頬を撫でた。
やっ、ぱり…。そうだよな。煌が、変な事言ってるだけで、玲次がそんな…
「これまでの俺は、全部、嘘。」
「…え。」
俺と目が合うと、玲次はまた笑った。それは今までの優しい笑顔と同じであって、全く違うものだった。
「れ、玲次……ふっ!!」
そして、またキスをされる。今度は先程とは違い激しい。その勢いに、俺はよろけて後ろの壁に体を打ち、ずり下がり、床に座り込んだ。それでも玲次は止まらなかった。そのまま押さえ込まれ、尚も続く、激しく獣じみたキス。
今までの優しいキスは、嘘だったんだ…。
「はっ、なぁ、日向。皆が何故強引にやるのか、やっと分かった。優しくして、綺麗に進めようとしても、結局思い通りに行かなくて、手詰まりになるんだ。今みたいに。」
「…れ、玲次……あっ、や…やだ…」
玲次はそう言いながら、俺の服に手をかけた。
「甘える日向は可愛かったけど、毎度毎度、優しいだけでは物足りなくて…、不完全燃焼で、結局溜まって仕方なかった。」
「やだ……やめ……やめろっ!」
俺が震える手で玲次を押し返すが、びくともしない。
「日向」
「……玲次。」
玲次は優しい笑顔で、俺の手をそっと握った。
「俺に歯向かうな。」
「……っ!」
そして玲次はすっと笑顔を引っ込め、低い声で俺を制した。その変わりように、俺の希望は打ち砕かれる。玲次は片手で俺の両手を押さえ込み、もう片方の手で俺のベルトに手をかける。
「前にしっかり教えてやっただろ?旧校舎で。」
嘘。そんな…
「日向、顔真っ赤にして震えて、しまいには失禁して、今までで1番可愛くて、興奮するセックスだった。」
「……嘘…」
玲次はうっとりと続けた。
あの、威圧感と恐怖を与える存在が玲次の本性…。
「ふっ、またしてやろうな。」
「…や、やだ……。」
「日向、それもあの時に教えただろ?やる時は、日向から進んで「してください」と自分を差し出すんだろ。」
玲次は震える俺に容赦なく低い口調で続けた。時折見せる優しさと、厳しさ。気持ちがついていかない。怖い。
「やだ…やだ…怖い…やめて…。」
「また我慢させられたいのか。」
「……やっ…」
「ただ今回は前回よりもっと徹底的にやるぞ。どんだけ泣いてもイカせてやらないからな。」
「玲次……やめて…」
「言うことを聞けない罰だ。」
座った目の玲次が、俺に顔を寄せる。俺はギュッと目を閉じた。怖い…怖い怖い!
「やだっ!!!」
「……クロ、」
「!!」
声がして俺が目線を上がると、玄関には煌が立っていた。
「煌…お前も思ったよりも使えなかったな。お陰で計画が大きく狂った。」
「ふっ、こっちは、計画通りだけどな。」
計画……。
玲次は煌に冷たい視線を向けた。
「で?クロ。騙されてるって、やっと気づいたわけだ。どうしようか?」
「……」
「このサイコ野郎に飼われるか、俺と一緒に来るか。」
しかし煌はそんな玲次を無視して続けた。
どうって……。
「クロ、俺の本当の気持ち、教えただろ?」
急に煌はらしくない、笑顔と優しい声色で俺に話しかけた。
「今までは正直に言えなかったが、今日も、あの夜も、いっぱい抱きしめて、話したよな。クロも、俺の腕の中では安心するって…言ったよな。」
「言ったよな。」優しい声色なんだが、そこにだけはいつもの威圧感が漏れ出ている。やっぱり、口で何と言っても結局、煌は煌だ。
「日向。こんな、3人で日向を共有するなんて馬鹿な事して、日向を傷つける奴の話聞くな。俺は優しかっただろ?」
「れ、玲次……」
「また、優しくしてやるよ。日向が、俺の言う事を、ちゃんといい子で聞けたらな。」
「ちゃんといい子で」それは、色々な意味が含まれているんじゃないか…?結局、玲次も煌と同じなのではないか。俺はどうも答えれず、固まった。……いや、考える必要なんかない。
「俺は……どっちも嫌だ。」
「……」
「……」
俺の言葉を聞き、2人が黙り込んだ。2人が浮かべていた、嘘くさい笑顔が引っ込む。
「お前ら、頭おかしいっ…。変だ。もう、嫌だ…。やめろっ!」
ふぅふぅと、俺は声を荒げて怒りをぶつけた。こんなに腹が立ったのはいつぶりだろう。もう誰にも触れられたくないし、話したくもない。ここに居たくない。
「そうか。」
俺の声にその場は水を打ったように静まり返っていたが、その静寂を玲次が壊す。
「ペンディングだな。それでもいいが、日向にとってそれが1番きついからな。」
「…っ」
玲次の目がすっと細められた。
俺はゾッとして、咄嗟に玲次を蹴り上げ逃げ出した。
「ふっ!!」
しかし直ぐに捕まり、襟を引かれ床に倒される。一瞬息が詰まる。玲次にこんな手荒に扱われたこともないので、驚きと、それを超える恐怖が湧き上がる。
「やはり…躾に罰はつきものだな。」
玲次が冷たく言い放った。
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