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ヒロとユウ

「ヒロ、おきろー」  こんこん、と形だけのノックをして、青年は声をかけながらも勝手に部屋へ入った。返事を待たなかったのは、相手『ヒロ』が返事をしないだろうと思ったからだ。  そしてその予想通り。『ヒロ』はまだベッドに潜り込んでいた。大きなベッドはダブルサイズ。その片側を使って、しっかり布団にくるまっている。ふわふわした茶色の髪だけが外に出ていた。 「ほら、朝だぞ。もう起きないと」  トレイをサイドテーブルに置いて、青年は彼の肩に手をかけた。軽く揺さぶる。んん、とむずかるような声があがった。  その声や仕草は妙に子どもっぽくて、青年の頬を緩ませてしまうのだが、ほのぼのしている場合ではない。もう起きなければいけない時間なのだ。 「ん……ユウ……?」  もそもそと動いた『ヒロ』が青年の名前、というより呼び名を呼ぶ。それでやっといくらか覚醒してきたようだ。 「ほら、コーヒー淹れてきたから」  青年、『ユウ』は香りを示すように言った。『ヒロ』は、こーひー、とまだ半ば眠っているような声で呟いて、それでも目を開けて、もそっと動いたようだ。  普段『ヒロ』は比較的、朝に強いタイプで、すぐにはっきり目が覚めるのだけど。むしろ朝に弱いのは『ユウ』のほう。今朝こうなっているのは、『ヒロ』が昨夜遅くまで経理の仕事をしていたからだ。つまり、夜更かしのツケ。  だが仕方がない。経理は『ユウ』の苦手分野なので。むしろ下手に手伝おうとするほうが邪魔になる。 「ほら、起きろ」  だから自分にできることは、朝一番に美味しいコーヒーを淹れてあげること。  疲れをいたわるように、『ユウ』はその上に屈んでいた。やっと現れた顔に、顔を近付ける。  とろんと眠たそうな『ヒロ』のくちびるに自分のくちびるをつける。冬の折、部屋が乾燥していたのかくちびるは少しカサついていた。  顔を洗ったらリップクリームをつけてやらないとな、と思う。  それでもしっかりとあたたかかった。眠って体温があがっていたからだろうか。朝からこの感触は心地よかった。  『ユウ』からの触れ合いに徐々に目が覚めてきたらしい。不意に『ヒロ』が腕を伸ばした。『ユウ』の首に絡みつく。わ、と『ユウ』がバランスを崩した。ばふっと布団に倒れ込んでしまう。 「なにすんだ!」  文句を言ったが『ヒロ』は気にした様子もない。それどころか『ユウ』を抱き込んでまたもぞもぞしだした。  寝るつもりかよ。  『ユウ』はちょっと呆れて手を伸ばした。『ヒロ』の頬を掴んで、ぎゅむっとつねる。 「んん!」  『ヒロ』が痛みに顔をしかめて、そこでやっと覚醒したらしい。 「今日は休みじゃないからダメ」 「……あー……そうだった……」  珍しく寝起きの悪い『ヒロ』もやっとまともにしゃべった。『ユウ』はそれに、ふっと笑って起き上がった。 「ほら、コーヒー冷めちまう」  『ヒロ』と『ユウ』。  自分たちのためだけの、特別な二杯のコーヒー。  一緒に味わって、一日をはじめよう。

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