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恋のはじめは夏のこと②

 その予想は半分くらいは当たっていたのだけど。  帰りの電車。合宿中、夜更かしをすることが多かったので部員のほとんどは爆睡していた。  游太もその例にたがわずうとうとしかけていたのだけど、不意にその眠気は完全にぶっとんだ。  田舎のほうへ行っていたので、電車は最近ではあまりないボックス席。そこへ弘樹と並んで二人で座っていたのだけど、不意に右手になにかが触れた。あたたかい……むしろ汗ばんでいて熱いものが。  なにかなんてひとつしかないだろう。ヒトの肌のぬくもりを持ったものなんて。窓側の席に座っていたので壁にもたれて目を閉じていたのだけど、いくら驚いたとはいえその目は開けられなかった。ばくばくと心臓が鼓動を速める。  なんだこれ、なんで手なんて握られてるんだ。  男同士でこんなことするはずもなく、勿論いい友人付き合いをしていたといっても弘樹とそういうことをしたことなどなかった。つまりなにかしらの異常事態に決まっている。  そしてそんな異常事態なんて、これもひとつに決まっていた。  游太は目を閉じてじっと壁にもたれていたので、はたから見たら眠っているのだという様子だったろうが、弘樹は多分気付いていたと思う。游太が眠ってなどいなかったことを。  そして「やだなーなにすんだよ」なんて、常ならば言うだろう茶化したことを言わなかった意味も。  されるがままになっていた理由を。  電車の帰路はどこまでも続いているような気がするほど長く感じた。  そっと離れていかれたのは乗り換えの駅がアナウンスで流されたときだった。火傷しそうなほど熱く感じていたそれが引いていって、游太は心底ほっとした。ほっとできる状況ではないのはわかっていたけれど、ひとまずこの場はほっとしておいた。 「ユウ、着くよ」  弘樹が触れてきたけれど、今度のものは常からよくしているものだった。肩に触れて揺するだけ。友人同士で当たり前にする、今までしてきたようなこと。  そして声も落ち着いていた。なにごともなかった、と言いたいように。なので游太もそういう反応を取るしかなかった。 「ん、……のりかえ?」  意識して声が、ふにゃっとするようにしてしまった。寝ていたことになっているので。 「ああ、よく寝てたな」  弘樹がそんなふうに言うので困ってしまう。寝ていなかったことなんてわかっていたくせに。 「おーい、みんな降りるぞー」  部長が声をかけてきて、部員たちはざわざわと降りる支度をはじめた。荷物を詰め直したり、網棚から降ろしたり。 「ユウの荷物これだよな」  弘樹が網棚からスポーツバッグをふたつ、下ろしてくれた。自分のものと、游太のもの。 「ああ、さんきゅ」  それはまったく普段通りのものに戻っていた。  そのまま電車を降りて、駅の中を歩いて、乗り換えた。次の電車は夕方だったことも手伝って、多少混んでいた。席が空いていなかったので吊り革に掴まって立ったまま。よって眠るというわけにはいかなかった。都内に入って、さっきまでの電車の呑気さはなくなっていたし。  大学のある駅まで戻ってきて、大学の部室まで帰ってきた。備品を持ち出したので一旦戻る必要があったのだ。帰り道が遠回りになる者は免除されていたけれど、游太も弘樹もそちらには入らなかったので用具運びに付き合ったというわけだ。  そして備品も片付けて、「オツカレー」「ゆっくり休めよー」なんて解散したあとのこと、だった。  なんとなく、さっさと帰るか、もしくはほかの誰かと連れ立って帰るべきだとは思った。このあとのことなど予想に容易かったので。  だけど予想できてしまっているからこそ、それはできなかった。ここで避けてしまえばすっきり帰れないことは明白だったのだから。  だからいつもどおり弘樹と連れ立って駅まで向かったのだった。 「あー、疲れたー」 「ほとんど寝れなかったしな」  わざと大声で伸びをして言った游太に、弘樹はいつも通り相槌を打った。けれどそんな平和な会話は長続きしなかった。 「……寝てなかっただろ」  弘樹が切り出した言葉によって。  游太は一瞬で理解した。  合宿所のことではない。一時間弱前の、あの出来事。それゆえにすぐにはなにも返事が返せなかった。

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