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懐かしい顔の飲み会

「お、ここじゃん?」 「そうみたいだな。入るか」  週末の夜、游太と弘樹は連れ立って飲み屋街へ来ていた。ごみごみとした間をぬって約束していた店を探すのは少し困難であったが、看板がわかりやすかったので助かった。  ほかのメンバーは駅で集合して連れ立って店まで行くのだと誘われたが、時間が間に合わなかったのだ。  週末だ。店はかき入れ時だ。昼間から店を閉めてしまうのは勿体ない。  よって時短営業ということにして、十七時で店を閉めた。それから飲み会へ赴いたというわけ。  飲み会は十八時から。店の閉めをして、着替えたりなんだと支度をして、電車に乗って街中へ出て……としていれば、とっくにオーバーしてしまうことは最初からわかっていたので、あとから合流させてもらうことにしていた。  時間は十九時前。遅刻参加にしては、なかなか早く着けたほうだ。 「すみません、今日予約して先に入っている杉井のツレですが……」  店は寒い季節にちょうどいい、鍋物メインの和食屋。からりと引き戸を開ければ、ふわっとあたたかな空気が冷えた体を包んだ。  らっしゃい、と近寄ってきた店員に弘樹が告げる。レジで予約確認をした店員が「……はい! ご案内します」と一室へ連れていってくれた。  店はわいわいとしているが、極度にうるさくはない。学生時代はいわゆる『学生向け飲み屋』やチェーン店がメインだったのでもっとうるさい店が多かったが、卒業して以来たまに集まるときはこういう多少落ちついた店を選ぶことが多くなっていた。懐具合が良くなったことも手伝って。  店員、そして弘樹のあとから歩きながら游太はちょっとそわそわしていた。それはメッセージがスマホに届いたときから気になっていた、メンバーについてである。  99%いるとは思っていた。けれど実際目にするのは別問題であって。友人らに会えるのはいいが、それだけがひとつ、億劫であった。 「ちわーっす!」  弘樹が明るい声を出して一室へ入った。游太も、ごくりと唾を飲んで続いて入る。十人ほどが集まるのだ、そこそこ広い、和室の部屋。 「おー! 相沢! 瀬戸内! 久しぶり!」  こちらを見たのは懐かしい顔。三年のゼミで同じだったメンツだ、二年間ほぼ毎日顔を突き合わせていたのだからとても懐かしい。 「相沢、また背が伸びたか?」 「伸びてねぇよ! 伸びてたら怖いって」  からかうような言葉を入り口近くに座っていた男が言ってきた。背が高めの弘樹はたまにこうしてネタにされていたものだ。 「まぁ座れよ。ナマでいいか」 「ああ、さんきゅ。ユウは?」  入り口に一番近い席がふたつ空いていた。そこをすすめられるので、言われるがままに座った。弘樹が訊いてくれるのに単純に肯定する。 「ナマでいいよ」 「ん。ナマふたつ!」 「あいよ! ナマにちょー!」  案内してくれた店員に伝え、威勢のいい声が返ってきた。  ビールは提供が早い。数分も経たずに持ってこられた。 「よーし! じゃ、乾杯しなおすかー!」  半分ほどになってはいたが、それもビールのグラスを持って立ち上がったのは幹事の杉井だ。 「久しぶりの再会に……かんぱーい!」  かんぱい、かんぱい! と声があがってグラスがぶつけられる。  あっちこっちとグラスをぶつけあったあと、最後に弘樹と「オツカレ」とかちりと合わせた。  乾杯も済んで、游太は口をつけて、ぐーっと中身を煽る。仕事のあとの体に気持ち良く染み入っていった。 「うっめ!」  つい声が出て、弘樹がくすくすと笑う。 「働いたあとのビールは美味いな」 「お、そうだったよな。今日も店、開けてたの」  弘樹が『働いたあと』と言ったのに反応して、近くに座っていた面々が集まってきた。  游太と弘樹が一緒にカフェを経営していることは勿論知られている。  同性婚をしていることは話していないが。  交際自体、昔からゼミの元仲間には公にしていなかった。弓道部の一部や、大学外の共通の友人など、仲のいいひとたちにしか話していないことである。  同性婚が認められたとしても、世間の風当たりはまだまだ強いから信頼できるひとだけに話したいし、理解してもらえればいい、というスタンスを二人で決めていた。だからここでは単純に『仲のいい親友』としてしか振舞っていないのである。今も、昔も。 「儲かってんの?」 「や、客をたくさん入れる店じゃないから……まぁ、そこそこ?」 「なんだよー、もっとがっぽがっぽ稼げばいいのに。自営だとボーナスもないだろー」  毎回されるようなやりとり。弘樹はそちらへ行ってしまったし、游太も別の友人に捕まった。 「オツカレ! なんか髪、伸びたか?」 「ああ……ちょっと伸ばしてみてる」  大学時代から髪は長めだったが、気分によって切ったり伸ばしたりしていた。なので短い時代も長い時代も見られている。今日は仕事中きっちり結んでいたのをほどいて、そのまま流していたので長さがよくわかったのだろう。 「瀬戸内くん、相変わらず髪キレーだよねー」 「そりゃどうも。最近流行りのボタニカルってやつを試してみてさ……」  そこへ女子が何人か入ってきた。中性的な見た目の游太は女子の友人も多い。すぐに大学時代のものと同じような会話がはじまったが、ちょっと先を見て、游太の目が、すっと細くなった。部屋に入ったときから存在は目に留めていたし、こうくるとはわかっていたけれど。 予想通りになったことが腹立たしい。 「……」 「……」  なにを話しているのか、この騒がしい部屋と店内では聞こえやしない。ただ、会話をしているという様子だけが見えてそれも游太の心をざわつかせる。  別に会話なんて単純すぎる、たとえばこんなものだろう。 『久しぶり』 『あ、ああ……久しぶり』  こういうものからはじまって。 『たまには連絡くれればいいのに』 『悪い悪い、忙しくて……それに邪魔しちゃ悪いだろ』 『邪魔ってなによー』  こういう感じ。簡単に予測できてしまうほどには『彼女』はわかりやすいのである。  『彼女』は新谷 春香(しんたに はるか)。勿論ゼミの同級生。  游太の昔の呼び方だと『春香ちゃん』。  今は『新谷』と呼ぶけれど。  それはそうだ、もう『親友の彼女』という立ち位置ではないのだから。  そしてその元立ち位置だ。游太が本音を言えば、彼女を嫌うにはじゅうぶんすぎる立場だろう。  大学一年から二年の夏、つまり游太が弘樹と付き合うことになる直前まで、春香は弘樹の彼女だった。弘樹は春香と別れて游太に告白してきたのだから、どうしても無関係ではいられない。游太も、当時は違うクラスであったが親友の彼女としてそれなりに親しくはしていたし。  だが彼女が、春香が同じゼミに入ったとき游太は心底それを呪った。  どうして、二年の夏なんて半年以上前に別れたくせに。三年のゼミで同じところになんて入ってくるんだ。  クラス分けは学校で決められるに決まっているが、専攻はざっくり分けられているのだ。その専攻を意図的に同じにした、という可能性だってあった。  というか、多分そうだった。直接聞けたはずもないが。  そしてまんまと……といっていいのか……同じゼミに振り分けられてしまったというわけ。  当たり前のように游太はそのとき大いに機嫌を悪くした。  面白いはずがない。たとえ弘樹が自分を好きだと言ってくれて、半年ほどの交際で恋人同士として順調に過ごしていても、元カノなんて近くにいてほしくないに決まっている。  最終的に、直接の原因でもない弘樹に八つ当たりしてそれなりの大喧嘩になったくらい。  それでもなんとか折り合いをつけて二年間のゼミを過ごしたのだけど、游太にとってはやきもきさせられることも多かった。同じ教室の中にいるのだ、どうしても視界に入ってしまう。  そして春香は別れたというのに機会あらば弘樹に寄ってきていたのだから。  別れを切り出したのは弘樹。つまり彼女のほうにはまだ弘樹への気持ちがあってもおかしくないし、実際そうだったのだろう。未練がましい真似であったが、ひととしてそうなってしまう人間もいるだろう。  それでもなんとかかんとか二年間は平和に終わった。明らかに面倒なことになる春香に、二人の交際についての話なんてする気はなかったし、直接的な牽制などはできなかったが。  弘樹のほうも、なるべく彼女と二人にならないだとか、そういう気を回してくれたのでなんとか表面上は平和に終われたというわけ。  しかし游太にとってはやっぱり『嫌いなヤツ』であって仕方がないのであった。  今だって。  まったく、未練がましいにもほどがあるだろ。何年前に別れたと思ってんだ。おまけにアイツはもう……。 「ユウ?」  游太が悶々としている間に、弘樹はそこを離れてこちらへやってきていたらしい。 「なに?」  友人と(心ここにあらずであったが)話していたのを振り返った游太の顔を見て、簡単に気持ちを察したのだろう。弘樹は困ったように微笑んだ。 「鍋、食おうぜ。なくなっちまう」  それは游太の機嫌を落ちつかせてやりたい、という提案であったことは游太にもわかった。  それでもおもしろくない。懐柔されたような気になってしまう。  しかしここで「いらね」なんて言えるはずもないし、そう言うほど馬鹿で子供にもなりたくなかった。ちょっと無理をしたけど笑って「ああ」と言った。  弘樹が鍋の置いてある前に座って、椀を手に取る。それを見て先手を打って言った。 「豆腐食いたい」 「よそえって? しょうがないな」  また笑われたけど、今度のものがちょっと違うのは游太にはわかった。  游太の心がこちらへ来てくれて安心した。そして嬉しい。そういう気持ち。  だからこんな甘えたようなことを言ってしまったくらいは……許してほしい。

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