3 / 45

親友からのメッセージ

 数十分前に締めたタイ。一人暮らしの部屋に帰るなり俺はすぐにほどいて床に捨てた。ネクタイだけじゃなく、ジャケットもシャツもぽいぽいと脱いでは捨て、脱いでは捨て。最後にズボンを足から抜いてやっぱり放り投げた。  とっくに普段着でなくなったこの制服を脱ぎ捨てたとき、俺はカラダを売る『男子高生のレオ』から荻浦 璃緒(はぎうら りお)にやっと戻れるのだった。  別段、絶望もしない。  もう慣れた。それにこうしているほうがラクだから。  女の子と付き合うより、一人でヌイて発散させるより、コレが一番俺の心と体にとって代用品としてふさわしいのはもう理解してる。  馬鹿らしいことも理解してる、けどな。恋心を誤魔化すためにこんな行為。  パンツ一枚になって俺は、はーっとため息をついてベッドに寄りかかる。明るい茶色に染めた、襟足まである髪をくしゃりとかき混ぜた。綺麗に整えたそれが、少し乱れる。  『仕事着』の制服を通年服にしてしばらく経つくらいには冷えるようになってきた。十月に入ってもう二、三日。暑さ寒さも彼岸まで、っつったっけか。制服なんか着たからか、高校時代の国語の授業を思い出した。  一応学校では真面目に勉強してたんだ。進学校寄りだったし。いや、今の大学でも真面目に勉強しちゃいるけどな。  そういえばスマホ、放り出したままだった。制服のズボンに手を伸ばして、スマホを掴み出す。電源ボタンを一度押すとロック画面が表示された。幾つかの数字を入力して解除。  何件かライン通知があったけれど、そのうちの一件を見て、ふっと微笑んでしまう。  表示名は『レーヤ』。いつもそう呼んでるから。  フルネームは『羽月 玲也(はつき れいや)』。俺にとって特別なヤツ。  中学から仲のいい、いわゆる親友。……親友。 『土曜日バイトある? 合コン来ねぇ? 璃緒がいたら女の子ウケいいしさ!』  ああ、また合コンか。全敗のくせに。ついくすっと笑ってしまった。  でも玲也が女の子に全敗だからこそ、俺は安心して体なんて売れるわけだ。 『バイトあるけど六時にはあがる。ちょっと遅れて良かったら行けるけど』  返信する。玲也からのメッセージは一時間くらい前の時間になっていたけれど、数秒してすぐに既読が付いた。スマホを弄るかなにかしていたらしい。ぽんとスタンプが返ってくる。笑顔の犬のスタンプだった。 『全然いいって! よっし、じゃ頼むぜ。店、新宿なんだけど駅から五分くらい。住所送ったらナビで来れる?』  嬉しそうな顔が浮かぶようだった。想像できてしまうことが嬉しくなる。  いいぜ、と送ろうとして、やめておいた。 『参加してやるんだぜ? 迎え、来いよ』  ちょっと甘えたことを送ってしまう。でも玲也は優しいから。 『しょうがねーな。じゃ、六時半に駅でいいか』 『ああ。ヨロシク』  それでおしまいになった。またな、と書いてあるスタンプを送って、それに既読がついたことを確認して、ラインアプリをスワイプして切った。  ちらっと見えたほかの通知は広告だったり、特別親しくないトモダチだったりしたからあとでいい。それより先に服を着てベッドにでも寝転んで休憩したい。パンツ一丁じゃそろそろ寒い。  シャワーはホテルで浴びてきたから、適当に部屋着を引っ張り出して身に着ける。どさっとベッドに仰向けに倒れ込んで、ぼんやり天井を眺めた。  土曜日。久しぶりに会える。二週間ぶり、くらいだろうか。  どうせなにも変わっちゃいないんだろうけど。カノジョができたとかもないだろ。合コンなんて誘ってきたんだから。  『仕事』を頑張りすぎたせいか、少し疲れた。  今日は夜番のバイト。あと三十分もしたら出ないといけないんだけど。  遅れたらまずいから寝落ちないようにしつつも、目を閉じて力を抜く。  合コンの人数合わせとしても、俺のことを考えてくれたのが嬉しかった。こんな、親友としての扱いだとしても嬉しいと思ってしまう。  まぶたの裏にちょっとだけ浮かべた玲也の笑み。人懐っこい、たれ目の目元で笑う。  そんな玲也に呼ばれる妄想をさっきしてしまったことを思い出させて、綺麗な彼を穢してしまった気がして、ちりっと胸が痛んだ。

ともだちにシェアしよう!