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恋のはじまり②
中学時代、二年生のクラス替えで、『荻浦 璃緒』『羽月 玲也』なんて、同じ『は』ではじまる名字だったために、出席番号が連番だったことから知り合った。すぐに意気投合した。
きっかけは音楽だった。音楽……といっても洋楽のような、中学生にとってある意味高尚なものなどではなく、普通のJ-POP。勿論お気に入りのバンドがいくつかあった。
俺は曲や歌を聴くこと自体も好きだったのだけど、それについて評した解釈や評論を読むのはもっと好きだった。そして自分で新しい解釈を考えることも好きだった。
玲也も「音楽が好きだ」と言ったのは最初からだったが、俺がそういう楽しみ方をしているという話をしたところ、「それもおもしろいな」と言うようになった。幾つか曲について話しているうちに、好きなバンドの新曲が出るたびにその解釈をそれぞれ考えるようになって、評論モドキを語り合うようになったのだ。
玲也のほうは中二病の一環で、実際に演奏するほうにも一時期手を出していたのだが、一年も経たずにあっさり玉砕していた。そういうセンスはなかったようだ。
ただ、玲也の思いつく曲の解釈は、俺も時々唸ってしまうような変化球であることもよくあって。『演(や)るほうより評論家目指したほうがいいかもな』という結論に大体なるのだった。
約二年で育まれた友情は、既に『親友』の域になっていた。
進学するときには当たり前のように同じ高校を選んだ。
別におかしなことじゃなかった。ここらではポピュラーな、そこそこのレベルの公立高校。このままつるんでられたら楽しいだろうな。そのときは純粋にそう思っていたはずなのに。
高校に入って半年ほど。俺は軽い違和感を覚えはじめた。
当時、俺はさっさと同級生の女の子を捕まえてカノジョにしていたのだけど、何故か面白くなくなってきたのだ。
飽きたのかと思った。しかしそういうわけでもなかった。
デートをすればそこそこ楽しい。つまらない女子のお喋りに付き合うのだって苦痛というほどじゃない。セックスだって気持ち良かったし、女子の気に入るくらいには気を使ってやっていたと思う。
『愛してる』なんてわからないけれど、少なくとも『好きだ』というレベルの気持ちはあった。でもなんだか満たされない。
俺のその気持ちを察したかのように、別れを言い渡されたのは、秋の終わりだった。
『ごめん、別れてほしいの』
もう顔もよく覚えていない彼女が、髪に結んでいた黄色のりぼんだけを、俺は何故か鮮やかに覚えていた。
『なんで? 俺なんかした?』
切り出されたのは唐突すぎて意味がわからなかった。思い当たるふしがなかった。別に喧嘩をしたわけでもない。
『別に……でも、璃緒くん、私を見ていない気がするから』
俺は憤慨した。なんだ、散々付き合ってやったのに。
確かにヤることはヤらせてもらったけど、あっちだって同意の上だったし愉しんでたはずだ。それを、まるで浮気をしているような言い草で。
別にいいや。なんとなく面白くなかったのは確かなんだし、執着もないし、この子と別れたってすぐにほかの子が捕まるだろうから。
『そう。じゃ、そうするか』
それでサヨナラ。別のクラスだったからそれっきり、口をきくこともなくなった。
『なんだよ。また捨てたのか』
教室のすみっこの席で、部活もない放課後に玲也にカノジョと別れたことを話したら、呆れたように言われた。中学時代から俺が、女子と付き合っては別れ、付き合っては別れしていたことを知っていたので。
『んー。つまんなかったから』
そんなふうに言って俺は答えを濁した。甘ったるいイチゴミルクなんて飲みながら。俺のほうが振られたとは言わなかった。
『まったく、モテるくせにもったいねー』
モテない男子として名高くなっていた玲也はそう言ったはずだ。
『ほしかったらやるぜ。あっちだって今、カレシ探してるだろうから』
『モノみたいに言うなよ』
それでそのあとは雑談になってしまったはずだ。今度どこぞに遊びに行こうなんて。
そのあとすぐに俺はまた女子を捕まえてカノジョにしたのだけど、今度ははっきりつまらなかった。デートをしてもキスをしても、なんだか空虚なのだ。ドキドキはするのだが、心はちっともときめかない。
その感覚がなんだか気持ち悪くて、今度は付き合って二ヵ月もせずにさっさと俺から振ってしまった。
気が向かなくてセックスまではしていなかったから、ヤり逃げ、ってわけじゃないし別に責められもしなかった。泣かれはしたけれど。
一年生はそんな具合で終盤に近付いて、俺はその子と付き合った次にはカノジョを作らなかった。告白されても断った。やっぱり『気が向かない』としか言えなかったけれど。
だって、男友達と遊んでいるほうが楽しいのだ。少なくとも女子とつまらない交際をしているより、ずっと。
それは中学時代にはなかった感覚だった。
男友達と遊ぶ楽しさ。心の高揚。
女子と付き合うより、トモダチとつるんでるほうが楽しいなんて、こんなの逆にガキに戻ったみたいじゃないか。セックスだって覚えて大人になったはずだったのに。
自分に呆れさえ覚えていたのだけど、でもそのうち思い知った。
カノジョなし、つまりシングルのまま進級して二年生になっていた頃のこと。
つるんでいて、カノジョという存在以上の楽しさや嬉しさを感じるのは『トモダチ』じゃない。
ただ一人、『親友』だ。心が高揚するのだって、一人じゃないかということに。
そしてその高揚感はどこかくすぐったくもある、今まで感じたことのないような、ああ、こんなの俺には感傷的すぎるのだけど『ときめき』ともいえてしまうものであって。
思いあたれば、パズルのピースが当てはまっていくように俺は知りたくなかった答えにたどり着いた。
『でも、璃緒くん、私を見ていない気がするから』
高校に入って最初のカノジョが言ったことは、真実だった。
俺が見ていたのは玲也だ。
無意識だとしても、一番に想っていたのはコイツだったのだ。
そしてそのとき、俺は心底絶望したというわけ。
恋が綺麗で愉しいものでないことを思い知ったのも、そのときだった。
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