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合コンにて②

「ああ。いいぜ。えーと……」  自己紹介タイムで一通り名字くらいは頭に入れていたが、わからないふりをする。それほど興味を持っていると思われても困るからな。 「鈴木です。名前は千紗(ちさ)だけど、HNはねー……」  俺に身を寄せてスマホのツイッター画面を見せてくる千紗とやらに話を合わせておく。玲也がちょっと俺に視線を向けてくるのを感じた。  またお前が持ってくのかよ。  その視線はそう言っていて、俺にとってそれは気持ち良かった。  ああ、お前じゃなくてな。こんな女どもは俺に惹きつけられてりゃいいんだ。玲也にくっついてなくていい。玲也のいいところなんて、わからなくていいんだ。  適当に会話をしながら食ったラクレットも、インスタ映えだけの代物じゃなくて、ちゃんと美味かった。まぁ、会費くらいの価値はあると思う。  そのうち女子が「ちょっとお手洗い」「あ、私もー」なんて出ていってしまった。合コンの『お手洗い』なんて打ち合わせだろうに。  そんなことはわかっているので、俺たちも男同士でやりとりしあう。 「おい璃緒! 千紗ちゃん持ち帰る気かよ!?」  女子が部屋を出ていくなり玲也に噛みつかれた。見た目が清楚な千紗はきっと玲也もなかなか気に入っただろう。  しかし彼女は明らかに俺にアプローチしている、と。理想的な流れだった。 「んー? そうするかな」  残り半分ほどになったハイボールを飲みながら俺は散漫な返事をする。  別にそうなってもいいが、持ち帰って食ったところで付き合う気はない。  若い男子としては贅沢な話だとは思うのだけど、俺が本当に欲しいものは手に入らないんだから、こんなの贅沢でもなんでもない。 「だから言ったろ。荻浦呼んだら最後、持ってかれるって」  竹本が玲也の肩に、ぽん、と手を置いた。  おい、玲也に近づいてるんじゃねぇ。  女子相手の比ではなく俺ははっきり苛立った。こんなの、男子同士ではなんの不自然もない行為なのに俺にとっては別だ。 「うっ、そうだけどよー……盛り上がんじゃん……」 「いいか羽月よ、盛り上がったところで俺たちよりコミュ力も見た目もいいやつを入れたらだな……」  竹本はとつとつと語るが、俺は苛立ってしまって仕方がない。女子を持ち帰るより玲也と帰りたかった。  だって、このままの流れだと俺があの子を持ち帰ってこいつらはあぶれるのだ。そして玲也はそっちに行ってしまうのだ。俺の嫉妬心が刺激されてしまう。  もし「破れた者同士で傷を癒すかー!」なんて、男だけで二軒目なんてことになってしまったら。  いや、多分そうなるだろう。大学と専門に学校が分かれた今、俺と玲也の世界は既に違うものなのであるが、こう、今一緒に過ごしているのにほかのやつらと行ってしまわれるのは良い気がしない。  玲也と帰ったところで、別になにも起こりやしない。親友としてちょっと喋って、オヤスミー、なんてあっさり解散。  それでも。  今日はどうも嫉妬心が抑えきれなくて、俺はそちらを取ることにした。今は女子を抱いても集中することも楽しむこともできなさそうだ。 「ただいまー」  打ち合わせが終わったのか、女子たちがわらわらと戻ってきて、俺たちは慌てて元の席へ散らばる。男同士でも『打ち合わせ』をしていたのは察されているだろうが、一応。 「ねぇ、荻浦くん。良かったらもう一軒行かない?」  俺の隣に寄ってきたのはやっぱり千紗だった。  女子同士で決めたのだろう。今日は千紗に良いオスを譲ってやろうと。  でも悪いが今夜はパスだ。  別に千紗が気にいらないからじゃない。どの女子だろうと同じだ。 「ごめん、明日提出の課題終わってねぇから帰らないとでさー」  俺の返事に千紗はあからさまにがっかりした、という顔をした。俺が持ち帰ってくれるだろうと踏んでいただろうから。 「大学だもんね。結構大変なの?」 「んー、三年だしねー、そろそろ卒論とか考えないとでさー」 「そっかー。じゃ、今度時間あるときにどう? ライン交換してくれる?」 「ああ。QRでいい?」  事実上の『NO』を示しはしたが、一応ライン交換はした。連絡はそのうちなぁなぁに無くすつもりだったが。  千紗が振られたのを知った途端、ほかの女子から安心するような空気を感じた。まったく、女子同士の友情とやらは醜いもんだね。表面上は譲り合ったとしても、抜け駆けをこんなに恨んでたくせに。  俺は自分の抱いた嫉妬心を棚に上げて思う。そっちのほうがよっぽど醜いくせに。 ついでに俺が千紗を振ったことで玲也が戸惑うのも感じて、こっちは俺にとってやはり気持ち良かった。  逆持ち帰りに近いのに振んの? マジかよ。  視線ははっきりそう言っていた。 「よーし! じゃ、解散すっかー。会費回収していいかー。女子は二千円でいいかな。男子は……」  やけくそのように竹本が、ぱん、と手を叩いて会費の話に移る。  俺は財布を出して千円札を何枚か取り出して差し出した。俺に向けられた玲也の視線が、俺が女子のほうに行かなかったことを嬉しく思ってくれているものだったらいいのに、なんて。あり得るはずもないことを思って。  合コンは特になにも成立することなくアッサリ終わった。

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