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『レオ』の生まれた日

 評論文化学部の大学生。  音楽ショップのバイト店員。  そのあたりが俺の健全な肩書だ。  大学は適当に……ではないけれど、一点だけ注意して決めた。  玲也と学校が同じにならない、ということ。  大学まで一緒になってしまったら、馬鹿な俺は我慢できなくなると思ったのだ。「お前が好きなんだ」と言ってしまわないと、どうしていえるだろう。親友という肩書まで無くしてしまう、言ってはならない言葉を。  女の子が一応の恋愛対象であるものの、玲也という男にだけであるが恋をしてしまった、ある意味ゲイ要素もあるらしい俺以上に、玲也はストレートの男だろう。  女の子が好き。恋愛対象も。付き合いたいのは女の子だけ。  そんな玲也に告白したところで答えは決まっている。  勝算のない博打はしたくない。大切なものをなくす可能性がはるかに高いのに。だから玲也と敢えて違う進路を選んだ。  別に難しくなかった。玲也は勉強が苦手だったから、専門学校に進むつもりだと二年の頃から決めつつあった。  では俺は大学を選べばいい。それも、玲也には目指せないくらいのレベルを選べばいいのだ。幸い、俺は勉強もそこそこできたのであるし。  俺が「大学にするつもり」と言ったとき、玲也は目を丸くしてくれた。  「え、専門で音楽、学ばねぇの?」なんて。  本当はそうしたかった。けれど、そうすれば玲也が「同じとこ受けようぜ」と言ってくるのは確実だった。  そしてそれは玲也が『俺と高校卒業後も同じ学校に行きたい』と言ってくれることであり、嬉しかったけれど。俺はちりちりと痛む胸を抱えつつ、笑った。 「『大卒』が欲しいんだよな。就職有利だし」  適当なことを言えば、玲也は心底不満げな顔をして「どうせ俺には大学受ける頭なんてねーよ!」と、ぶーぶー言った。  そんなわけで、高校卒業後は離れ離れ。少なくとも学校は。  最初こそ毎日のようにラインが飛んできていた。 『璃緒の新しい学校どうよ』 『んー、そんなめんどくさくもなさそう。ヘンなやつもいないし』 『そっか。そりゃよかった。俺のほうもまぁまぁかなー。ただ女の子あんまいねぇのが残念』 『専門ならそんなもんだろ。合コンでもしたら』 『そうするわ! そしたら璃緒も来てくれよな!』 『なんで俺が行くんだよ』 『璃緒が来たら女の子が集まるだろー』  そんな、どうでもいい会話。しかしそれもだんだん減っていった。学校に慣れたのとそれに比例して忙しくなっていったからだろう。  数日前の表示になっていくのを見て、俺はたまにため息をついていた。  ラインくらいはこっちから送れる。適当かつ不自然でない用事なんて幾らでも思いつくから。  『いいDL音楽見付けたんだけど』とか。  『今度CD貸してくんね?』とか。  いっそ直球で『今度の土曜日ヒマなんだけど遊ばね?』だっていい。  ラインだけじゃなく、実際に会うことも二週間に一回くらいはあった。普通に遊んだり、カノジョ探しに必死な玲也に付き合ったり。  頻度は落ちたものの、縁なんて簡単に切れるもんじゃない。そして俺はその距離感に安心して、でも寂しい気持ちはどうしても拭えなかった。  距離が離れれば、なにかの拍子に気持ちを暴露してしまうかもしれないという不安は減る。  でも好きなヤツに会えない寂しさは増える。  その良い折衷案が、『同じ都内で生活はするが、学校は変える』だったわけ。  だが、その『寂しさ』が強くなってしまうときがちょくちょく起こるようになった。認めたくないが俺はどうも、寂しがりのケがあるようだ。  カノジョをほとんど途切れさせなかったのも、友人をたくさん作ったのも、きっとそのため。  大学に入ってしばらく『カノジョ』で気を紛らわしていたけれど、そのうちそれだけでは足りなくなってきた。  代わりでもいい。腕に女の子を抱くのではなく、誰かの腕に収まりたい。  玲也の腕の中に抱きしめてもらう妄想。もう何回したかわからない。  俺と玲也は、身長は同じくらいだが、体格は少し違った。  俺は細身ですらっとしていて、玲也はムキムキ、とまではいかないが、がっしりめのしっかりとした体つきをしていた。  だから『男っぽい見た目』なら玲也のほうが若干上回るのであって。  そんな玲也に抱かれたいと思うこと。俺にとっては自然すぎる思考だった。  万が一、玲也が俺を見てくれて「抱いてくれ」なんて言うならそっちでもやぶさかではないけれど、でもできれば抱かれるほうに収まりたかった。  まぁ、無いけど。  それはともかく、俺は誰かの腕に抱かれたいと願うようになってしまったわけだ。  一応、カノジョに言ってみたこともある。カノジョ、つまり女子に対してなら俺はピュアなど真逆に位置するタラシともいえる態度を取れるのであったから、ちょっとふざけた調子で、「さみしーからハグしてよ」なんてことも言えてしまった。俺にそう言われて母性が刺激されたのだろう。意外と嬉しそうな反応で何人かにしてもらった。  でもなにか違った。ふんわりとやわらかくて、ついでにおっぱいの感触も心地よかったけれど、俺の求めているものではないと思ってしまう。気持ちいいのに満たされない感触。  そのとき、『男の腕の中ならどんな感触なんだろう』と思ってしまったことがスタートだったのかもしれない。  玲也にはたとえふざけてだって「ハグしてくれ」なんて言えない。  かといって、大学の友人なんかに言っても、キモいと思われるだけだろう。  では、まるで関係ないヤツだったらどうだろう。    関係ないヤツ。  後腐れないヤツ。  それなら手っ取り早い方法があるじゃないか。  幸い俺は見た目もいいし、若いし『そういう需要』だってあることは想像できた。ごくり、と唾を飲み込んで、震える指で、スマホで『そういう需要』を検索した。  それが俺の『健全でない肩書』がついてしまったはじまりだった。

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