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暗転のとき
「すっげー悦かったよ、また逢ってね」
ホテルのエレベーター。仕事終わりの常套句を言いながら腕に絡みつく。
今日は嘘じゃない。コイツとは是非また会いたかった。上客だったから。
終わったあと、シャワーを浴びて、制服を着て、髪も整えた。
そのあとで、男いわく『お小遣い』をもらった。フェラしてやったのが気に入ったのか、もしくは二回ヤらせてやったからか、五枚もくれた。
俺も良い妄想ができたうえに金まで多めにもらってほくほくしていた。
胸の中はあたたかかった。偽のぬくもりでもいい。ほかのもので得られるあたたかさより、ずっとあったかいから。抱きついた男の腕の体温のように。
人恋しくなる季節だ。これから『仕事』もちょくちょくしちゃうことになるかなぁ、と思う。
ここまでの約二年で、秋冬のほうが頻度があがってしまうと感じていた。
やはり寒いからか、ヒトの体温を求めてしまうようだ。その間、女の子と付き合っても、スキンシップやセックスは増えがちだし。
その点に関しては男相手のコレでも、女の子との、まぁ、一応? きちんとした? 交際でもあまり変わらないらしい。
今夜は、このぬくもりが外気温から感じる寒さを紛らわしてくれる、そんな夜で。
「じゃ、レオくん、これで」
ホテルの出口。男が言い、俺は「うん、またね」と最後のサービスのつもりでぎゅっと抱き着いた。
「普通に駅?」
「ああ。飲んだしね」
「そっかー、じゃ、改札まで一緒に行こっか」
帰り道の話なんかしながら飲み屋街へ向かって。
良い仕事、良い日だったのはそこまで、だった。
「……璃緒?」
呼ばれた名前。
一瞬、妄想が実体化したかと思った。
あまりにホテルで脳内に思い描きすぎて。
「……え」
俺は間抜けな声を上げてしまったくらいだ。
しぱしぱと瞬き、そして意識は空白になった。少なくとも、数秒は。
そこには。
そこには、薄手のジャケットを引っかけて、コンビニの袋なんかを持った玲也が居たのだから。
足をとめて呆然とした俺。そして視線の先に俺のことを見ている同年代の男の子を見て、理解したのだろう。
俺を腕にまとわりつかせていた男は「友達?」と聞いてきた。ちょっと居心地悪げな声で。
しかし俺はなにも言えなかった。
動揺すらできない。
頭が空っぽになってしまったようになにも浮かばなかった。
「……璃緒、だよな? お前、」
ばさり、となにかが落ちる音がした。玲也の手からコンビニのビニール袋が落ちた音。
その音が俺を正気に返らせた。一気に心臓が冷える。
なんで、コイツが、ここに。
男はそっと俺の腕を外した。俺も抗うことなく腕を下ろす。
俺、男、そして玲也。
まるで違う三人。
多分それぞれ違う理由で数秒そのまま立ち尽くした。
動いたのは男だった。
「お友達みたいだし、俺はこれで。じゃ、ね」
ぱっと離れて、さっさと行ってしまった。その後ろ姿を見て俺は舌打ちをしたくなった。
自分だけ逃げやがった。確かに、買ったオトコノコの友達なんてまともに顔を合わせたくないだろうけど。
別にコイツが居ても、なにも良いことも助かることもないのだが。
その理不尽な苛立ちが俺を正気に近くしてしまったらしい。
冷えた心臓が熱くなってくる。
「……璃緒」
ふら、と玲也が寄ってきて、俺は思わず一歩引いていた。
ごくりと唾を飲む。やっと言った。
「なんでこんなとこにいるんだよ!?」
「え、あ、店舗限定の帆夏(ほのか)ちゃんのクリアファイルもらいに、じゃねぇよ! お前こそ、なんだよそれ!?」
一瞬、玲也気に入りのアイドルの名前なんてどうでもいい話題が出たが、すぐにそれは振り払われた。
ホテル、明らかに知り合いでない年上すぎる男、腕にじゃれて出てきた俺、制服なんて着て。
それがなにを示しているか。いくら玲也が『そういう世界』に縁が無かろうと、思い当たらないはずがない。
もう一度俺は、ごくりと唾を飲んだ。
バレたのだ。ここで取り繕えるはずもない。
それならもう、……ぶちまけるしかないじゃないか。
「見りゃわかんだろ。援交だよ」
はっきり言ってやる。今度黙り込むのは玲也だった。
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