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暗転のとき②

「高校の制服なんて着て? 男とホテルから出てきて? ほかになにがあるよ?」  奇妙に落ち着いてしまった。勿論心臓は壊れそうにばくばく鳴っていたが。  玲也はやはりなにも言わない。  そりゃなにも言えないだろう。いきなり親友のこんな事態、見せつけられて。  俺と同じかそれ以上にショックだったはずだ。 「だって、お前、いつも、女の子と」  呆然とした、という声で言われる。玲也のそんな物言い、初めて聞いた。 「女の子と付き合ってたら、しちゃいけねぇの?」  こんなこと、言っちゃいけない。  わかっているのに、俺は玲也の心臓をナイフで刺すような言葉を口に出した。 「男に抱かれるなんてこと」 「やめろよ!」  耳を塞ぎたいといわんばかりの悲痛な声で玲也は叫ぶ。 「璃緒はそんなことしない! するわけない!」  今度、刺されるのは俺のほうだった。嬉しいはずの、その言葉。  でも悲しいことにそれは正しくない。  だって、俺は『そんなことする』ヤツなんだから。 「お前に決めつけられたくないね。実際、ここにある状況が全部だよ。そして俺は間違いなく荻浦 璃緒だ。残念ながらな」  淡々と言いながら、この言葉のナイフのやり取りが本当の刃物だったら良かったのに、と思った。そうであったら俺はこのまま玲也と刺し違えて死んでしまえるのに。全部、全部なくなるのに。  しかし現実には言葉はただの言葉でしかなく。即座に死に至ることなどできないもの。 「もういい? わかった? じゃ、俺帰るわ」 「なに言って! お前、」  死ぬことができないなら、これ以上やりとりしたくなかった。 「こういうことしてるの、気持ち悪かったらトモダチやめてもいい。連絡しなくていいし、もう会わなくてもいい」  俺は自分のことを刺し続ける。自傷行為のように。死ねもしない刺し方で。 「じゃ、な」  玲也はなにも言わなかった。言えなかった、のだろう。  踏み出す足は震えた。玲也の立つのとは逆方向へ歩き出す。  そっちは駅じゃない。でも別にどうでもいい。  玲也が見えなくなったら、タクシーでも捕まえてさっさと帰るつもりだった。  ……逃げるつもりだった。  玲也は引き留めなかった。  引き留めてくれなかった。  そんなこと当たり前なのに、心が痛む。  「待てよ」とか「ちゃんと話せよ」とか言ってほしかった。  言えることなんてないくせに。  少なくとも今は、これほど動揺してしまっている今では。  角を曲がって玲也から俺の背中が見えなくなったと思った瞬間、俺は地面を蹴って駆け出していた。玲也が俺を追ってきていたら困るから。  俺の足は遅くない。それに銀座なんてお互い土地勘のないところ、細い路地にでも入ってしまえば見つかる可能性は非常に低かった。  そこから大通りに出てタクシーを捕まえればいい。すぐ捕まる。こんな裕福な街なら。  走りながら、口元を押さえていた。  もう全部言ってしまったのに。  今更この口から出る言葉なんてないのに。  あれですべて。  でもこうでもしないと涙が零れそうだったのだ。  俺は自分のことを「そして俺は間違いなく荻浦 璃緒だ」と言った。  でもそれは正しくないから。  今の俺は『レオ』だから。  玲也を前にした時点で『レオ』なんて存在ではないこと、わかっているのに。  俺はその設定に縋るしかなかったのだ。

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