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暗転のとき③

 家に帰るのは怖かった。当たり前のように、玲也は俺の家を知っているので。  俺が帰ってきてから押しかけてこられるなら籠城できるが、先手を打って待ち構えられていたら逃げようがない。  なので俺は捕まえたタクシーに無理を言って飛ばさせた。それで家まで帰ってきて、誰もいないことを確認して、部屋へ入ってしっかり鍵をかけた。  オートロックマンションだから、俺が建物に入ってしまえば住人以外は入れないのに。それでも自宅へ入るまで安心できなかったのだ。  鍵をかけて玄関を背にした瞬間、がくがくと震えが襲ってきて俺はへたりこんだ。とりあえず乗り切った。暫定的でしかないけれど。  でもどうしたらいいかわからない。  次に連絡を取るとき、どうするのか。どうなるのか。 「気持ち悪かったらトモダチやめてもいい」 「連絡しなくていいし、もう会わなくてもいい」  いいわけ、ないだろう。  嫌だ、嫌だ。友達をやめるだの、もう会わないだの。  友達でいるための手段だったのに。  自分の恋心を誤魔化すための手段だったのに。  玲也によってブチ壊されたも同然だった。  玲也に罪はないけれど、タイミングの悪さを恨みたい気持ちでいっぱいだ。  ふと、自分の格好が目に入った。制服のチェックのズボン。  璃緒に戻らないと。  『レオ』を脱ぎ捨てないと。  一旦思ってしまえば、なんだかこの制服がとても汚らわしいもののように思えてきて、俺はばっと立ち上がって部屋に入った。  ネクタイの結び目に指を突っ込んでゆるめて、ほどいて投げる。  ほとんど捨てるようなものだった。ジャケットもワイシャツもズボンも、全部捨てた。普段ならそれなりに気を遣うのに、今は床に投げ捨てた。  下着一枚になって、俺は息をついた。  これで俺は『レオ』じゃない。荻浦 璃緒だ。  ……わかっていたけれど。  服を変えたくらいじゃなにも変わりやしないことに。  なにも変わっていなかったのだ。  俺は俺。  荻浦 璃緒。  中身は同じ。  別の自分になった気になって自分を騙していただけだ。  はぁ、はぁと何故か上がった息をつきながら、俺は捨てた制服たちを下着一枚の姿で見下ろした。  とっくに普段着ではなくなった制服。  汚れた目的だけに使うようになった服。  これを着て、これからも『レオ』になれるのか。  わからなかった。  ただわかることは、これを着て『レオ』になっても俺は玲也の妄想なんてもう出来ない、ということ。  当たり前だろう。さっきのやりとりが頭に浮かんでしまうに決まっている。  ぶるりと体が震えた。純粋な寒さと、それから恐ろしさに。  随分寒いのに暖房もなしで、パンツ一丁なのだ。  そりゃ寒いさ。  誤魔化すように言い聞かせて、でも部屋着を着る気にはなれなかったからそのままベッドに潜り込んだ。厚い布団にしているのでこれで体の寒さはなくなった。みのむしのように、布団にくるまる。  しかし心は冷え切ったまま、それどころか更に恐ろしくなってきた。  玲也が訪ねてきたらどうしよう。  オートロックマンション。いきなり玄関を叩かれることはない。  けれどマンション前に来れば、インターフォンで住人を呼び出せる。それが鳴ることはあるだろう。玲也が来れば。  応対する気などなかった。鳴るかもしれないインターフォンに怯えつつも。  でもわかっている。  確かに待っていたのだ。  出る気なんてない、と思いながらも、玲也が俺のことを気にして、あるいは心配して訪ねてくることを。  きてほしくない、でもきてほしい。  どっちが強いのかわかりやしない。  そんな不安定な心を抱えていても、『仕事』の疲れは確かにあったのだろう。俺はいつしか眠りに落ちていた。

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