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壊れた翌日

 翌日は普通に大学があった。朝は普段通りの時間に起きられたが、鏡で酷い顔を見て絶望した。くっきりクマができている。  眠りはしたものの、到底深くは眠れなかったらしい。洗面所の鏡に映る俺の顔は憔悴しきっていた。体力的な意味ではなく、勿論心情的な意味で。  こういうとき女の子ならいいのにな、と思う。メイクで隠せるから。  メイクで隠したってそうわからなくもないけども、そういうことをよく知らない男くらいなら誤魔化せるだろう。  しかし俺にそれはできないので、「寝不足なんだ」とか誤魔化すしかない。  食欲などなかったが、大学はともかくそのあとはバイト……健全なほう……があるので食べないわけにはいかなかった。途中で倒れてしまっては困る。  よってキッチンへ向かったのだが、勿論料理を作る気などしない。元々料理は得意でないとはいえ、朝はソーセージをフライパンで転がしたりレタスをちぎったりくらいはするのに。  でもそんなことも面倒で、食パンの袋を掴んで、トーストもせずに、おまけになにもつけずにそのままかじった。  味なんてしなかった。パン本来の味すらしない。  でも別にこれでいい。腹になにか入ればそれで。あとは冷蔵庫にあったヨーグルトをカップひとつ食べて誤魔化して。  のろのろと顔を洗って、髪を整えて、服を着た。  寒いのでコートを取り出す。きっちりと身に沿う、タイトな作り。細身の俺には良く似合う。  気に入って買ったものだが、どの金を使ったのかは思い出したくなかった。  そこで思いついて、俺は財布を取り出した。昨日もらった、五枚の紙幣。  一枚はタクシー代に消えていたが、四枚を掴み出した。  こんなもの。  本当は捨てたい気持ちだったが、金を捨てるなんて怪しすぎるだろう。  よって俺はそれをいつもの箱の中に突っ込んだ。  中はよく見なかった。穢れた金、だから。  妄想のために体を売っている理由が大半だとはいえ、コレが俺の体の対価であることに変わりはない。だからよく見もせず蓋をして、クローゼットの底に戻した。  無為な気になりつつも教科書やノートなんかを通学用のバッグに放り込んで、いってきます、と一応心の中で呟いて家を出た。  そこからすでにびくびくしていた。家の前で待ち構えられていたら。  玲也ならそうしかねない。俺に優しいから。  でも、びくびくしながら解除したエントランスを通り抜けた先には誰もいなかった。道に出ても、俺と同じように一日をはじめるべく歩く、制服姿の少女とスーツ姿の男性しか歩いていない。  玲也は、いなかった。  安堵と同時に俺は少しのさみしさを感じて、それに心底嫌気がさした。  望んでいたくせに。  俺のことを気にしてくれたらいいと。  心配なりなんでも。  軽蔑されるかもしれないとは思ったものの、残念ながら俺は玲也のことをそれなりに知っている、つもりだ。  状況とあれだけのやりとりでコトを決めつけるようなヤツじゃない。  少なくとも俺にきちんと聞きだしてから決める。  そういうヤツ。誠意あるヤツ。  だから、今居なくたってそのうちなにかしらアクセスされることはわかっていた。でも今はまだ直面したくない。  はぁ、と安堵やら億劫やらのため息をついて、俺は自転車置き場へ向かった。  大学まではチャリだ。歩いていけないこともないので雨の日は徒歩だが、普通に晴れの日はチャリ。それがラクだし、バイトの日は直行にも便利なので。 「ハヨー」  すぐに到着した大学。教室へ入る。すぐに学校の友人が声をかけてくれた。 「あれ、荻浦なんか顔色悪くね?」  同じクラスのヤツに言われてぎくりとした。それほど顔に出ていたらしい。隠しきれるとは思っていなかったけれど。 「んー、ちょっと寒かったから風邪気味かも」 「あー、もう冬になるもんなぁ。冬といえばさ、クリスマス、カノジョになにやったらいいか悩んでてさ……」  友人はすぐにどうでもいい話をしはじめたので俺はほっとした。適当に話を合わせておく。カノジョ、という言葉に胸が痛んだけど。  カノジョくらいすぐに作れる。  けれどそんなことで誤魔化せるかといったら大いに謎だった。  俺は独りきりになってしまったのだろうか、と思った。カノジョという恋愛ごっこをする余裕もない。  かといって、『レオ』にもしばらくなれないだろう。  そして玲也も。親友ですらいてくれなくなったら俺は本当に独りきり。  そんな俺の顔をまじまじと覗き込んで「おい、マジで顔色悪いぞ。保健室行ったら?」と友人は言ってくれた。  けれど保健室なんて言っても無意味なことは俺自身が一番理解していた。保健室に行ったところで適当に風邪薬かなんか押し付けられて寝かしつけられるだけだ。一応眠ってはいるので眠気はないし。そのくらいなら裏庭やらどこぞでサボっていたほうがまし。  そしてもっとましなのは、今、ちゃんと授業を受けることだった。  少なくとも考えるべきことが別にできるから。 「大丈夫だって。それに来週小テストだろ。聞いとかねぇと」 「まぁそうだけど……無理すんなよ」  優しい友人はいるけれど、そして気遣いは有難かったけれど。俺の心はちっとも楽にはならなかった。

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