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捕獲
長かったような、あっというまだったような。大学は今日、午後も早い時間に終わってしまった。
授業が少ない日だったのだ。なので夕方からバイトを入れていた。
今日は品出しのはずだ。昨日CDの入荷日だったから。俺にとっては都合のいい仕事。
レジに立ってぼーっとしていれば考え事をしてしまうだろう。コンビニやなんかと違って客が途絶えないという店ではないので。
だが、そんな平和だと思っていたバイト前、俺は心臓が止まりそうな思いをすることになる。
大学を出て、チャリでバイト先の自転車置き場へやってきてスタッフ用の置き場所へ自転車を置いてチェーンで繋いだ。盗られないように。都内じゃ手癖の悪いヤツも多いんだ。
時間は余裕。店の制服代わりのエプロンをする前にちょっと自販機で飲み物でも。思ってスタッフ用の裏口ではなく、音楽ショップの表入り口、客用の入り口へ向かったのだが。
「……よう」
気まずそうな顔全開で、玲也が立っていた。スマホを手にして、所在なさげに入り口近くの支柱に寄りかかりながら。
俺を見て取って、スマホを暗転させてポケットに突っ込む。俺がやってくるのを待っていたのは明らかだった。
まるで出待ちじゃねぇか。
どうでもいい比喩が頭に浮かんでしまうほどには俺の頭は混乱してしまう。
「……んなとこまで押しかけてくんなよ」
やっと言った。けれど一蹴される。
「大学よりましだろ」
言われて俺は黙ってしまう。
確かにそうだ。大学のヤツらに見られるほうがずっと困る。俺が取り繕えなくなる様子など見られたくない。
くそ、こんなときだけ無駄に気遣い発揮しやがって。普段はニブすぎるくらいなのに。
「バイト中に入ってくるつもりだったのかよ」
「んー、そういうわけじゃねぇけど」
いや、そういうつもりだっただろ。仕事に入る前を狙ってここにいたくせに。
しかし玲也の心づもりはわかる。大学でも家でもなければ、バイト先しかないだろう、俺を捕まえられるところなんて。
もしくはラインか電話でも飛ばすか。
でも玲也が選んだのはバイト先での『出待ち』だった。
……直接会いに来てくれた。スマホなんて電子を介してではなく。
そんなことが嬉しくて、でも胸が痛い。
「俺、これからバイトなのわかってんのかよ」
当たり前のことを言ってしまったが、玲也も当たり前のように言った。
「わかってるに決まってんだろ。あがってからでいい。付き合ってくれ」
どきんと胸が跳ねた。
付き合う。
いやいやいや、一緒に来いって意味だから。
わかりきっている、そんな一言に動揺してしまう自分が恨めしい。
「……なにに」
「俺の話に」
俺は黙った。けれどだんまりを続けるわけにはいかないではないか。
いつかはちゃんと話さなければいけないのだし、それは早いほうがいいのだと理解している。そのタイミングを玲也にゆだねてしまい、あまつさえいつ来られるかびくびくしていたのは俺の弱さだと思い知らされた。
「……わかった。八時にあがるけどいいか」
「いいぜ。そのへんで時間潰してるから、八時過ぎに来る」
言って、玲也は俺に釘を刺した。それがぐさりと俺に突き刺さる。
「逃げんなよ」
玲也は俺のことをわかりすぎている。俺の臆病な面だってよく知られている、から。
「逃げねぇよ。もうバイト、入らないとだから」
俺の発言は、今は『逃げ』。
でも心の準備ができるまででいい。待って欲しい。
「ああ。じゃ、な」
これ以上顔を合わせていたくなくて、俺はぱっと身をひるがえしてスタッフ用裏口へと向かった。鍵を使って中に入って、ドアに背を預けてため息をつく。
逃げ切ったわけでもないのに。
むしろこれから捕まるのに。
バイト前だったのは良かったのか悪かったのか。
心の準備ができるという意味では良かったのだと思う。
けれど、今日のバイト中。集中もできなければ、ずっと怯えてしまうのは確かなことで、俺にとって地獄の数時間になることは間違いなかった。
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