28 / 45
親友との『援交』⑤
玲也がごくりと唾を飲むのが伝わってくる。ごそりとどこかへ手を伸ばした。ゴムの箱だろう。
「……ん。え、っと」
一枚取り出して、封を切った。
だが聞こえてきたのは「あ」という間抜けな声だった。
なんだ、と思ってすぐに察した。
破れたのだろう。ゴムの袋を開封するにはちょっとコツがいる。外袋と一緒に中身を切ってしまわないように、少し片側に寄せなければいけないのだ。
そんなこと、コイツが知っているはずもないだろう。
このぶんでは、つけるのに何百年かかるかわからない。躊躇ったが、俺は起き上がった。
玲也がぎくりとした目で俺を見る。「もういい」とか「やめる」とか言われるかと思ったのかもしれない。そんな気、さらさらないのに。
「つけてやる」
待っている余裕なんてないから。だったらこうするしかないだろう。
俺は新しいゴムの袋を手に取って、破った。勿論中身を破らないようにだ。
そして中身を取り出して……玲也の下肢に手を伸ばす。自分ではだけていたらしいそこを見て、今度唾を飲むのは俺のほうだった。
思ったよりデカい。風呂なんかで見たときよりもデカく見えた。俺の気持ちの補正がかかっているのかもしれないけれど。
しっかり勃起しているそれを嬉しく思う。
気持ちはともかく、体は俺に煽られて反応してくれていることに。
震える手でそれを掴む。玲也が「ん」と、ぴくっと震えた。
それの先端にゴムを当てて、下へおろしていく。自分のものにつけたことは勿論、客につけてやったこともあるというのに緊張でもっと手が震えた。
なんとか下まで下ろしてちゃんと空気も抜いて、「これでいい」と言った。緊張を隠すように、平然と言ったつもりだけど、カモフラージュできていたかはわからない。
でもとりあえず準備は出来た。俺はもう一度ベッドに横たわる。
ただし、うつぶせに。
顔を晒しながら抱かれるのは嫌だった。
そんな、顔なんて見られたらきっと泣いてしまうから。いや、泣いてしまうのは回避できないかもしれない。
でも見られるのを回避することはできる。それならうしろからのほうがいい。
「え、っと……」
おそるおそる、という様子で玲也が俺の腰を掴んだ。脚を広げられる。
奥の穴を見られていることに、羞恥で顔が燃えた。
それに、尻なんて見られて嫌悪されるかもしれない、という心配も。
でも返ってきたのはごくりと喉を鳴らされる音で。ごそっとうしろで動く気配がして、入り口になにかが押しつけられた。
くる。
どくんっと心臓が跳ねて、どくどくと熱い血を流した。
抱いてもらえる。
玲也のものをここに入れてもらえる。
繋がれる。
試されているのでもいい。きっと満たされる。
俺の心が震えたのに、玲也はなかなか入ってきてくれなかった。
「ん……?」
幾度か押し付けられるのに、入らない。
もどかしさと不満が胸の中に膨れたけれど、思い当たった。
初めてなのだ、上手く入れられなくても仕方ない。よって俺は言った。
「息、深くするから……吐くときに、入れて」
こんなことまで言うのは恥ずかしかったけれど、このままではやはり百年かかってしまう。
「お、う……」
玲也の返事が聞こえて、腰が掴みなおされた。
俺は、ふーっ、ふーっと息を吐く。心臓が潰れてしまいそうなのだ、深く息をするのはつらかったけれど、意識して深くする。
そして何度かめに。ずぐっと勢いよく太いものが突き入れられた。
「う、ぁー!!」
びくびくっと衝撃に身が跳ねる。いきなり奥まで貫かれては仕方がない。
「ごめ、璃緒……っ」
俺の反応に驚いたのか、そういう声がしたけれど、その声は途中で途切れた。
ぐいっとそれを引き抜かれた。間髪入れずに再び奥まで突き入れられる。
かは、っと息が出た。腹をいっぱいに満たされて。
「はっ、は……っ、あ、う……、っく」
うしろで玲也が短く声を出しながら荒い息をつくのが聞こえる。
どうやら俺の体に夢中になってしまったらしい。俺を気遣う余裕もなく貪っている、という気配がひしひしと伝わってきた。
が、今は「流石童貞」なんてからかったことを頭に浮かべる余裕もない。
俺は頭も胸もぐちゃぐちゃになっていくのを感じながら、枕を握りしめて必死に耐えた。
ナカに玲也がいる。そして俺で快感を感じてくれている。
それは非常に嬉しくてたまらなかったけれど、俺の心は何故かすっと冷えていった。
玲也が夢中になっているのは、どうして。
答えはひとつだろう。
初めてのセックスの快感に、だ。俺への気持ちじゃない。
それは俺の推測だったけれど、その思考でいっぱいになってしまった。
ずくんと胸が痛む。好きなヤツに抱かれているというのに胸が痛むなんて思わなかった。
きっと幸せだろうと思ったのに。
体だけでも愛してもらえれば幸せだと。
でも俺はずっと馬鹿で、そして強欲だったのだ。
体だけが繋がって、そして気持ち良くなって、気持ち良くなられていることに急に胸が潰されそうになった。
気持ちいいのに、気持ち良くない。
身勝手な感覚が身を満たして、俺は枕にぎゅうっと顔を押し付けていた。
玲也が動いていたのはどのくらいだったのかわからない。
多分、長い時間でなかったどころかむしろ短かっただろうに。俺にとっては永遠に感じられるかもしれない時間だった。
嬉しいのに痛い、甘やかな拷問。
やがて玲也がうめき声をあげた。びくびくっとナカで玲也のものが跳ねて、多分達した、のだと思う。俺の体がふるりと震えた。
俺の体で快感を得てイッてくれたことは嬉しい。
けれど心が冷えすぎていて、自分が達することはできなかった。
体の快感だけでイけるはずもない。こんな感情を抱えていては。
俺は持ち上げられていた腰がそろそろと下ろされるのを感じて絶望した。
終わってしまった。
自分がイけなかったのが不満とか、そういうことであるはずがない。
一度きりのコイツとの時間が終わってしまったことに。
俺は一瞬、衝動に駆られた。
けれど口からはなにも出てこなかった。
恐ろしくて。決定的なその言葉が恐ろしくて。
言うべきだった。
「お前のことが好きだったんだ」と。
「それで抱いてほしかったんだ」と。
そんな素直な気持ち。
でもそんな言葉は出てきやしなかった。
この期に及んで言葉に出せない自分が嫌になる。
ぼろぼろ涙が出てきた。
こんなはずじゃなかったのに、一度でも抱いてもらえれば幸せだと思ったのに。言えないなら言えないで満足しておくべきだったのに。この行為をこれだけ苦しく思うとは思わなかった。
「璃緒? 悪い、俺なにか……」
俺の様子がおかしいと思ったのだろう。うしろから玲也が呼んでくるけれど、そちらなんて向けるはずがない。俺は枕に顔をうずめて握りしめる。
「嫌だ、……お前と、こんなのは、嫌だ……」
やっと絞り出した。
そうだ、もうごめんだこんなこと。
通じない心を思い知らされる行為なんて、もう二度と。
思ったところで、俺は自分の愚かしさに気付く。
一度きりでいいなんて思っておきながら、期待していたんだ。
次があることを。
そしてもっと欲張るなら、玲也が俺のことを好きだと思って抱いてくれることを。
「試してみたい」と玲也は言った。けれどこんなお試し、俺のほうが無理だったのだ。そしてそのとおりのことを玲也は言った。
「悪い、俺の勝手な気持ちで……」
その後の言葉に、俺は今度こそ心臓を握り潰される。
「気持ちがわかりもしないのに、こういうことなんて」
息が止まった。
玲也はわからなかったのだ。
俺を抱いたところで。
自分の気持ちを。
それはつまり、俺への気持ちが恋だとか好きだとか、そういうものではないと、
そこまで考えて流石に喉が鳴った。嗚咽が零れだす。
「うぁ、……っ、う、……」
なんとか押し殺そうとするが、肩は震えた。
剥き出しの肩がすぅすぅする。
触れられたのに。
体も繋げたのに。
肝心なところが繋がらないのが不安で、そして不満でならない。
そんな俺の肩にそっとなにかが触れた。ひとの手の感触。
撫でられる。ぎこちない手付きではあったものの。
「ごめん。……帰ったほうが、いいよな」
もう一度、俺の喉がひゅっと鳴った。
心臓も冷えたけれど、その続きは違っていた。
「でもこんなお前を置いて帰れないよ。我が儘かもしれねぇけど、泊めて」
玲也の優しさが今は痛い。残酷なことに、その夜俺の背中を撫で続けてくれたその手だけは、とてもあたたかかったのだ。
ともだちにシェアしよう!