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『レオ』を買う
「やめっ、なんの、……っ!」
部屋に突っ込まれるだけではなかった。
ベッドに追いやられてあまつさえ突き倒された。ふわっと体が浮く感覚に、ひゅっと心臓が冷えて、直後背中が叩きつけられていた。
ただし、やわらかなベッドに。怪我なんてしなかったが、半ば暴行だ。
俺の心臓は凍りついたように冷たくなる。
なんだこれ、殴られでもするのか、それとも犯されるのか。
こいつは、こんなこと、するやつだったか。
そこまで思って、ふっと違う意識が一瞬差し込んだ。こことは違うホテル前。客にじゃれ付きながら出てくるところを玲也に見られたとき。
『こんなこと、するやつだったか』
玲也もきっと、こんな気持ちだった。
それは奇妙な確信だった。
「璃緒」
そんな俺に声がかけられた。俺を突き倒して、見下ろしながら見つめてくる玲也の眼。爽やかに笑う普段の笑みでも、女の子を前にして慌てるものでも、そして少し前に俺を抱くことになったときのものでもなかった。
落ち着いた、を通り越して据わっていた。こんな眼は見たことがない。
俺はなにも言えなかった。俺に乗りかかる玲也を見つめるしかない。
ばくばく心臓が跳ねる。ただし、恐ろしさに。冷たい鼓動で。
そんな玲也は、俺に触れるでもなくズボンのポケットに手をやって中からなにかを掴みだした。俺は硬い目でそれを見て、そして目を丸くすることになる。
「『レオ』を買う。今度はちゃんと、コレで」
「は、……?」
声が短く出た。疑問の声だ。
玲也の手にあるもの。
紙幣三枚。
俺がSNSで提示したとおりの、金額。
でも俺はその意味がわからなかった。
『レオ』を買うと言われた。
俺を抱くということだろうか。
馬鹿のような、当たり前の事実が最初に浮かんだ。
金を差し出されているのだ。それしかないだろう。
そこから俺の思考は、すぅっと冷えていった。
金で買われるのか。
今度は『トモダチ割』なんてつまらない言い訳を付けた、タダでの関係じゃなくて。
ああ、そうだよな。愛だのそんな気持ちはないんだ。それがわかったからここへきたし、ケリをつけるために金で買うってわけか。
俺の顔は歪んだ。泣き出しそうに。
拒めやしないと思った。俺はそれだけのことをコイツにしたのだから。
逃げを打つようなことばかり。何度も。ずっと。
そもそも俺が逃げたかったのも、自分の家でも大学やバイト先……俺にとっての社会でもない。
コイツから逃げたかった。
逃げ切れるはずなんてないとわかっていたのに、それでも、一時だけでもいい。逃げ出したかったのだ。
でもこうして捕まった。
そして玲也のこの行為、つまり『答え』はコレだ。
俺への気持ち、わかったの。
なんでムカついたのか、わかったの。
答えは、愛だの好きだのではなかったのだ。だから『トモダチ割』なんてものではいけなかったのだろう。あのとき出させなかった金なのかもしれない。
俺の思考はそんなことを次々に繋げていったのだが。
玲也は不意に、俺の上から退いた。俺が不思議に思う暇もなかった。
ベッドサイドに置いてあった、素っ気ない黒のポーチ。だいぶ大きい。
それを持ってきて、俺の上でファスナーを開けた。
「それで、コレで『レオ』をもう一度買う」
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