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『レオ』を買う③
それを感じて俺の涙と激情は止まった。完全にではないが、腹の奥が焼きつきそうな熱はそのまま停止した。
涙でちょっと滲んだ視界。見上げる玲也の顔は、口調から感じた通り、いつも俺の傍にいたときのものだ、と思った。
俺を部屋で迎えて、捕まえて、金と気持ちをぶちまけたときは決意が据わりすぎていたのだろう。俺が見たこともないような落ちつきと、それだけではない、ある意味すごく『男』を感じる表情や様子だったから。
それだけに俺は今、やっと感じた。
玲也の抱えてきた決意がどれだけ重いものだったかを。
それはそうだろう。単純にここにあるものだけを取っても、何万あるかもわからない大金だ。銀行で下ろしたと言っていたが、軽々しい気持ちでこんなもの、ここに持ってこられやしないし、おまけに俺にそれをよこそうなんてこと、言えるはずがない。
玲也が本当の意味で、そして答えを抱えて俺に向き合おうとしてくれていることを感じて、俺はただ見下ろしてくる玲也を見つめた。
「試してみたいなんて、そんなことはお前の気持ちを無視することだった。だって最悪だろ、その、……ああいうことは、試すなんて軽い気持ちでしちゃいけないのに」
あのときのことだ。玲也と公園で話をしたときのこと。そしてそれを後悔しているのがいかにも玲也らしかった。綺麗で純粋な玲也だから。
でもその玲也が『試してみたい』なんて言ったのは、俺のためだろうに。
俺のしていることや、そこから生まれた気持ちを消化するためだっただろうに。
それでも謝るのだ。違う意味の涙がこみあげそうになった。
「お前を傷つけといて、でも『もうほかの男のものでいないでくれ』なんて。お前にも理由があるってわかってたのに、そんなことは言っちゃいけないと思った」
言われて限界だった。俺は手に力を込めた。肘をついて体を起こす。勢いよく起きたので、腹の上にまだ乗っていた紙幣と硬貨が、ばらばらと落ちた。
俺の上にいた玲也がちょっと身を引いた。
その胸元を掴む。ぐっと顔を近付けた。
俺の好きな、玲也の太陽のような印象の顔が目の前に迫る。今度は玲也のほうがちょっとひるんだような顔になった。
「言えよ馬鹿! そういうとこだっただろ!」
そういうところは変に律儀だ。
律儀どころか、馬鹿正直すぎる。
馬鹿律儀。
「俺がどんな気持ちであんなダッサく泣いたと思ってんだよ!」
「え、それは、俺が軽い気持ちでお前を買うなんて言って、おまけにそれで……ああいうこと、したから……」
「ちげぇよ馬鹿野郎! お前が答えをあのとき言ってくれなかったからに決まってんだろ!」
玲也の目が丸くなった。たれ気味の優しい眼が丸くなって、奥が硬くなる。その眼が胸に痛い。
「俺は、……そういう答えだったら良かったのにって、……思ってたのに」
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