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『レオ』を買う④

 ずるっと手が落ちた。再び涙が込み上げて、ぽろっと落ちる。  なんて情けない。女々しすぎるだろう、あんなこと。  こんな情けないことまで言わせるのだ。  本当に、馬鹿で、鈍くて、そして酷い。  けれど俺はコイツのそういうところが好きだし、今更であっても「俺のことを欲しい」と言われてしまえば喜んでしまうだろう。 「え、……わ、悪い……」 「まったくだ」  ぽたぽた涙が落ちた。  でも今のものは苦しいだけじゃない。  言われたから。  はっきりとじゃないけれど、玲也の『答え』をくれたから。  でもそれじゃ許してやらない。これだけ俺を振り回しておいて。  『その言葉』が欲しい。気持ちを表すシンプルな言葉。  ずっと自分には縁がないと思っていたけれど、そうじゃなかったようだから。  俺と玲也の悪いところが噛み合ってしまったのだろう。  俺の臆病で踏み出せないところ。  玲也の鈍くて馬鹿誠実なところ。  どちらも俺で玲也だけど。 「その、……璃緒」  躊躇う空気が伝わってきた。玲也が自分の頬に手をやるのも。照れたときや躊躇うときは、よくやる仕草だ。  でも今はちゃんと行動に移してくれた。俺の背中になにかが触れる。あたたかいそれが、俺の体をそっと引き寄せてくれた。  俺の体がぼすりとあたたかいものに当たる。どくどくと速い鼓動が聴こえる、そこ。 「ほかの男に買われるのが嫌なんて、それしかなかった、よな」 「……普通はそうなんだよ」  速い鼓動のそこへ耳を付ける。気持ちの良い音がした。  わずかな動きも。生きている音と感触だ。  俺の鼓動も同じくらい速いだろうけど、それはとても安心できるものだった。 「だよな。……ごめん。遅くなったけど、その、……えーと」  ああ、またコイツの悪い部分が出る。まったく、それは高校時代、片想いの女の子を前にしているときと同じ態度だったから。  俺は思ったけれど、なんだかおかしくなった。だって、そういうとき玲也の心にあった『恋心』。今は俺に向けてくれているのだから。 「ああもう! お前が好きだ! 友達としてじゃなく好きだ!」  開き直った声で言われた言葉。  俺がずっとほしいと思って、でも絶対に手に入らないと思っていた言葉だ。  俺の顔がふにゃっと崩れる。  またぽろぽろと涙が零れてきた。玲也の胸に顔を押し付ける。 「……ありがと」  それだけ言った。でもそれだけでじゅうぶんだったはずだ。  玲也が、言い切った、と言いたげな息をついて、もう一度俺の背中に腕を回してくれたから。 「で、お前はなんでああいう……あ、いや、こういう……? ことしてたんだ?」  だがそれで終えてはもらえなかった。こちらへお鉢が回ってきてしまう。 「それも聞くか!?」 「だって俺はちゃんと言っただろ」  う、と俺は詰まる。確かにそうだが。 「……お前が女の子ばっか見てたからだよ」  言ったというのに、返ってきたのは不思議そうな声。 「……。んで、なんでそうなるんだ?」 「ああもう! お前、なんでそう馬鹿正直なわりにニブいんだよ!?」 「悪かったな! でもはっきり言えとか言ってきたのはお前なんだから、俺だって言って良くないか」  もう一度、俺は詰まるしかない。  詰まった、けれど。  今度は、はぁっとため息を吐き出した。そっと玲也の胸を押して、離れる。  玲也の顔を見たけれど、急に恥ずかしくなってきた。  馬鹿か、俺は。  女の子と付き合ったりすることはおろか、体を売ったりなんだの、そういうことは平気でしていたくせに。コイツを見るだけで顔を赤らめてしまうなんて。 「わかったよ。ちゃんと聞けよ」  それからのこと。そう時間はかからなかったと思う。  でも話題の中にある時間は、とても長かった。  玲也と俺が出会ったときから、そして今日、今の瞬間までの話。  ベッドの上。あたたかな体温を感じながら。  俺と玲也の一緒にいた時間が、ゆっくりと流れて、そしてひとつに合わさっていった。

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