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【3時間目】

 夏休みに入る前の試験でB判定が出た。  学校から帰ってきて堤先生に電話で報告をすると、自分のことのように喜んでくれた。 『良かったね。けど、当然の結果だと思いますよ。大稀くん、よく頑張ってましたから』  自室のベッドでごろごろと転がりながら、俺は左耳に神経を集中させる。  堤先生の声って、電話で聴くとやばい。  コントラバスやチェロみたいに落ち着いた、重厚感のある声。  なんだか鳥肌が立ってソワソワする。電話を切りたい。  けどそれはもったいないのでグッと我慢した。 「先生の参考書、すごく分かりやすくて良かったです」 『あぁ、それは良かったです。もう少ししたら同シリーズの問題集も入れて演習量を増やしていってもいいかもしれないね。今度、買って持っていくよ。あぁそれより、自分で実際に見て選んだ方がいいかもしれないね。暇があったら、本屋に行っておいで』  電話を切った後、机に向かってノートを開いて勉強を始めようとしたけれど……堤先生の声がずっと頭に残っていて、全く集中できなかった。  今週はまだ一度も来てくれていないのも原因だと思う。たぶん、会えてなくて寂しいんだ。  諦めてシャープペンを机の上に転がし、窓から外の景色を眺めた。  そうだ、本屋に買い物に行こう。気分転換にもなる。  隣の駅の中に入っている本屋なら、大きくてなんでも揃っている。  じりじりとセミが鳴く声をBGMに駅まで向かい、電車で五分で着いた駅の本屋に入り、迷いなく奥の方へ向かった。  すると棚の前で立ち読みをしている男性が誰なのか一瞬で分かってしまい、一度落ち着いていた気持ちが一気に再熱した。  俺は嬉しさと驚きの両方を入り混じらせながら、堤先生の横に立つ。 「あの、先生」 「……えっ! どうしたの?!」  俺だと認識するまでに数秒かかった堤先生は、驚きのあまりに一歩後ずさったので笑ってしまう。 「問題集、見にきたんです」 「あぁ、びっくりした。そうだったんだね、すごい偶然」  聞けば、さっきの電話もこの本屋からしていたらしい。   あぁ、数十分前の俺、ここに来ようって決断してくれてありがとう。  先生は大学でバイオエタノールの研究をしてるらしく、それ関連の著書を見にきたらしい。うーん、なかなか難しそうな研究だ。  せっかくなので先生のおすすめの問題集を何冊か見繕ってもらい、レジに向かった。  お互い買った本を手に、並んで歩いた。

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