7 / 29
✎*
「ちゃんと僕の言うことを聞いてて、大稀くんは本当にお利口さんですね」
ペットや小さな子に言うセリフみたいで、くすぐったくなる反面、ほんの少しだけムッとする。
先生は俺のことを、子供扱いしている。
確かに大学生から見た高校生の俺はきっと子供だろう。
平等な立ち位置になれないのはわかっているけど、どうにかしてこの溝を埋めたくなってしまう。
ふと気づいたが、俺は堤先生のことをあまりよく知らない。
お花見をした日に距離はぐっと縮まったけど、それ以来、特段踏み込んだ話はしていない。
今ここで、色々と会話してみようかな……
でも忙しい堤先生の邪魔をしちゃ悪いので、そのまま帰ることにした。
また来週、と踵を返そうとしたら、堤先生に呼び止められた。
「頑張ったんだから、たまにははっちゃけない?」
「は、はっちゃけ?」
俺とは無縁の言葉だ。
先生はすぐそこの五階建ての建物を指さした。
目に入ったのは一階に入っているチェーン店の飲み屋さんだった。
「俺、未成年です」
「違う違う、三階の方」
もっと視線をあげると、『カラオケ』の文字が飛び込んできたので、ドッと冷や汗が出た。
「無理です! 俺、めちゃくちゃ音痴なんですよ」
「大丈夫。実は僕もスーパー音痴だから」
そんなの絶対に嘘だ。
首を横に振っても、堤先生はしつこく食い下がってくる。
「大声出すと、スッキリしてストレス解消になるし。行こうよ。飲み放題付けても安いよ」
「そういう問題じゃないし……」
「前はよく行ってたって、大稀くんのお母さんが言ってましたけど?」
う、と俺は言葉を呑み込んだ。
なんでそんな話を母親としてるんだ。確かに一時期友達に誘われてしょっちゅう行っていたけど、堤先生の前で自分が歌っている姿を想像しただけで恥ずかしい。絶対に披露したくない。
「ぜーーったいに、笑わないから。っていうか多分、僕よりも上手だと思いますよ」
「そんな風に言って、結局上手な人を何人も見てきました……」
「いやいや、本当に。あ、じゃあこうしよう! 僕の歌の練習に付き合ってよ」
なんだかうまく乗せられている気がする。
結局折れた俺は、先生と一緒にエレベーターに乗り込んだのだった。
ともだちにシェアしよう!