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「ちゃんと僕の言うことを聞いてて、大稀くんは本当にお利口さんですね」  ペットや小さな子に言うセリフみたいで、くすぐったくなる反面、ほんの少しだけムッとする。  先生は俺のことを、子供扱いしている。  確かに大学生から見た高校生の俺はきっと子供だろう。  平等な立ち位置になれないのはわかっているけど、どうにかしてこの溝を埋めたくなってしまう。     ふと気づいたが、俺は堤先生のことをあまりよく知らない。  お花見をした日に距離はぐっと縮まったけど、それ以来、特段踏み込んだ話はしていない。  今ここで、色々と会話してみようかな……  でも忙しい堤先生の邪魔をしちゃ悪いので、そのまま帰ることにした。  また来週、と踵を返そうとしたら、堤先生に呼び止められた。 「頑張ったんだから、たまには?」 「は、はっちゃけ?」  俺とは無縁の言葉だ。  先生はすぐそこの五階建ての建物を指さした。  目に入ったのは一階に入っているチェーン店の飲み屋さんだった。 「俺、未成年です」 「違う違う、三階の方」  もっと視線をあげると、『カラオケ』の文字が飛び込んできたので、ドッと冷や汗が出た。   「無理です! 俺、めちゃくちゃ音痴なんですよ」 「大丈夫。実は僕もスーパー音痴だから」  そんなの絶対に嘘だ。  首を横に振っても、堤先生はしつこく食い下がってくる。 「大声出すと、スッキリしてストレス解消になるし。行こうよ。飲み放題付けても安いよ」 「そういう問題じゃないし……」 「前はよく行ってたって、大稀くんのお母さんが言ってましたけど?」  う、と俺は言葉を呑み込んだ。  なんでそんな話を母親としてるんだ。確かに一時期友達に誘われてしょっちゅう行っていたけど、堤先生の前で自分が歌っている姿を想像しただけで恥ずかしい。絶対に披露したくない。 「ぜーーったいに、笑わないから。っていうか多分、僕よりも上手だと思いますよ」 「そんな風に言って、結局上手な人を何人も見てきました……」 「いやいや、本当に。あ、じゃあこうしよう! 僕の歌の練習に付き合ってよ」  なんだかうまく乗せられている気がする。  結局折れた俺は、先生と一緒にエレベーターに乗り込んだのだった。

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