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「堤先生って、川とか山とか、そういう場所に行くのが好きなんですか」 「うん、好きだよ。ぼくはもともと、ボーイスカウトの活動をしていて。実家の近くでも川が流れているから、小さい頃から川遊びとかキャンプが好きだったな。それで、理科に対する興味が沸いたんだよね。この環境をいつまでも大切にして、次の世代に残していけるようにしたいって思ったから」  堤先生の志望動機が今はっきりと聞けて嬉しくなった。   「そうだったんですね。俺はそういう場所とは無縁だったので、自然とたくさん触れ合ってきた先生が眩しく見えます……」 「中二の時に渓谷行ったじゃん。あ、いやいやか」 「いいですよもうっ、そのネタで揶揄わないでください」  堤先生とバッチリ目が合ってしまい、慌てて逸らした。  やっぱりちょっと恥ずかしい。  顔が赤くなっていませんように。  堤先生はクスクスと笑って、枝から落ちてきた桜の花びらを空中でキャッチした。 「じゃあ、来年合格したら、河川敷に連れて行ってあげる。また一緒に見ましょう、桜」 「え、二人でですか?」 「はい。二人で」  とりあえず頷くけど、もし見れなかったらどうしよう……と頭の隅では考えてしまうが、すぐに切り替える。  頑張ろう。堤先生を喜ばせるためにも、絶対合格しよう。  決意して空を仰ぐと、隣から『カシャ』と音がした。  堤先生は嬉しそうに画面をこちらに向けてきたのだが、ギョッとした。  そこには、固く口を結んで遠くを見ている俺の横顔が写し出されていた。 「何撮ってるんですか」 「大稀くんって、鼻筋が通っていて顎もシュッとしていて、美人顔ですよね。よく撮れたから、待ち受けにしようかな」 「えっ、やめてください!」 「しちゃった。ほら、なんだかご利益ありそう」 「ない! 絶対にない!」  先生のスマホを奪って消そうとしたが、パスワードに阻まれた。  諦めた俺は「絶、対、に、あとで消してくださいね」と念を押し、しぶしぶスマホを返した。  先生は屈託なく笑ってそれをポケットに仕舞ったのだが……  堤先生って、優しいけどちょっと変わってる気がする。  それは柔らかくてくすぐったい春の日の事だった。

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