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【4時間目】
また長袖の季節がやってきた。
『陽向先生』と違和感なく呼べるようにはなったが、他のことで違和感を感じ始めた。
最近、勉強に集中できていないのだ。
「ここと、あとここね、この間も同じところで引っかかってたんだけど、あまり理解できてないかな?」
「すいません」
「いやいや、謝ってほしいわけじゃないよ。よく分からないうちにどんどん先に進めちゃったかなと思って。分からないようだったら、もう一度教えようかと」
陽向先生はノートの上をペン先でなぞった。
今日は特に間違いが多い。だが先生は決して俺を責めることをしないのが余計に申し訳なくなってくる。
すぐ横に先生の存在を感じると、変に意識をしてしまって心臓がもたないのだ。
ここ最近ずっとそう。
夏頃までは毎日でも会いたいだなんて思ってたのに、今はドキドキし過ぎてちっとも冷静でいられない。
先生にもう一度解き方を教わって、今度はミスしないように演習問題を進める。
しばらくすると、陽向先生が俺の顔を覗き込んできた。
「んー……大稀くん、もしかして調子悪い? 最近ちゃんと寝てる?」
「えっと、実はあまり、寝てなくて」
「えぇ、大丈夫? 睡眠も大事だって前に言ったでしょう。無理したらダメですよ」
「けど……」
俺は焦っていた。
絶対合格だと意気込んで、気付けば朝方まで勉強していた事は何回もある。
だって陽向先生が悪いんだ。
頭の中が、陽向先生でいっぱいになってどうしようもなくなる時がある。どうにか追い払っても、ほんの数秒でまた出てきてしまう。
すぐに頭を勉強モードに切り替えができたら、俺だってちゃんと睡眠は取るけど。
あぁ、うまくいかない。
そしてそんなことを考えながら書いた数式は間違っていて。
消しゴムを取ろうと手を伸ばしたら、その手を勢いよく掴み上げられた。
俺は狼狽しながら、口をパクパクとさせる。
「えっ、なっ、どうしたんですかっ」
「あ、ごめん。コップにぶつかりそうだったから」
ぎょっとして机の上を見ると、確かに端っこに置いていたグラスの中の液体が少し揺れていた。
恥ずかしい。俺は今、先生に何をされると思ったんだろう。
唇を噛んでいたら、先生は気遣うように「ちょっと休憩しよう」と言ってくれた。
「それとも、今日はこれで終わりにする?」
「え、そんな……」
まだ一時間も経っていないのに。
けどそんなセリフを引き出してしまったのは、紛れもなく俺の責任だ。集中できていないのだからそう言われてもしょうがないけど、切り上げられたくない。
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