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「陽向先生、俺、ちゃんと頑張るからどうか見捨てないで」 「ふふ、そんな捨て猫みたいに言わないで。分かった。じゃあ肩とか揉んであげようか?」  返事を待たずして、先生は俺の肩に手を置いて優しく揉んでくる。  親指を絶妙な力加減でぐっと押し込まれ、思わず変な声が漏れそうになったが耐えた。  筋肉と一緒に緊張もほぐれていくようで気持ちがいい。 「陽向先生って、きっとモテますよね」 「えーっ、何いきなり」 「だってこんな風に優しくしてくれる」 「そりゃあ、僕は大稀くんの家庭教師ですから」  何気なく言われた言葉が引っかかった。  家庭教師。  難題をクリアできた時の、霧がはれていく感じと似ていた。  この関係は、教え子と先生。それ以上でもそれ以下でもない。 (そうだよ。先生は俺のこと、単なる教え子としか思ってないんだから。何を期待してるんだろ)  ふっと胸にすんなり落ちてきて、変に清々しい気持ちにもなった。  そのノリで、口から言葉がポロポロ出てきた。 「彼女にもこうやってしてあげてるんですか」 「ん? しないよ。というか僕、彼女いないし」 「へぇー、そうなんですか。ちょっと意外。超絶美人な彼女いそうなのに。作らないんですか?」 「……」 「いでででで!」  急に肩を握り潰すようにされたので、足ツボを刺激されて体をくねらせる芸人のような声を上げてしまった。  俺は涙目で振り返る。 「先生、痛いです!」 「何だか誤解してるみたいだけど、誰にでもこういう事している訳じゃないですよ。大稀くんだからしてあげたいって思うんです」 「……え、俺だから?」 「そ、それくらい、君は大事な人なんだって意味です。それに僕は、彼女を作る気はないから!」  先生はなぜか頬を赤らめながらそう言って、部屋を出て行ってしまった。  トイレかな。というかそんなに怒らなくったっていいのに。  忙しくて彼女どころじゃないのかな。  まぁ、それにしてもあんな風に怒らなくたって。    気を取り直して、俺は再度、間違えた箇所を根気よく解いていった。  しばらくしてから戻ってきた陽向先生は、もう落ち着きを取り戻していた。  机に向かう俺の頭を、よしよしと撫でてくれた。 「さっきはすみません。僕は君が来年の春にいい思いができるように、全力でサポートするよ。だから遠慮なく、僕を頼ってきてくださいね」  俺の前髪はまた伸びて目にかかりそうだけど、当分切らない。  照れた顔を隠すのに丁度いいのだ。

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