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【5時間目】
『ごめんなさい。風邪を引きました』と陽向先生から連絡を受けたのは、試験まであと一ヶ月を切った時だった。
机の上にノートパソコンを置いて起動し、胸を高鳴らせる。
パソコン画面に電話のマークが出たので、すぐにクリックをした。
「あ、も、もしもし」
『……あ、見えるかな。こんばんは』
画面いっぱいに、陽向先生のカッコいい顔が映し出されている。
鼻血出そう。
先生の背後に映る物も気になって、隅々まで目を凝らしてしまう。
横向きの棚、ベッドの端、積み重なった書類や本。生活感が溢れまくっていて、こんな部屋に住んでるんだなぁと感激してしまった。
「先生、体調はもう大丈夫なんですか」
『うん。熱も下がったんだけど、うっかり大稀くんに移したらまずいからね。ごめんね、こんな時に』
こうやって画面越しに授業を受けるのは初の試みだ。
先生は早速始めようとするけど、どう進めればいいのか戸惑っているようだった。
『んー、どうやってやろうか……とりあえず大稀くんが進めて行って、もし分からない箇所があれば声かけてもらおうかな』
「はい、それで大丈夫です」
問題集に視線を落とし、始めようとするけど……
視線を感じる。目の前のパソコンから、めちゃくちゃジッと見られている。
顔を上げ、画面の向こうで頬杖をついている先生に文句を言った。
「そんなに見られると、すごくやりづらいんですけど」
『えーっ、だってやることないんだもん。それにこうしてるのって、何だか遠距離してるカップルみたいだよね』
「俺は動画サイトに投稿してる人っぽいなぁと」
『今度、大稀くんの勉強してる姿をアップしてみる?』
「何でですか」
『ただひたすら勉強してるだけの動画っていうのも需要があって結構人気みたいだよ』
「あの、勉強できません」
『うん、ごめん。いつもと違う環境ではしゃいでいます』
陽向先生は、本当にしょうがないな。
なぜか親のような心持ちで先生を見てしまう。
でも、俺を和ませようとしているのかも。そんな風に楽しませようとしてくれる先生を見ると、やっぱり笑みが零れる。
ペンは一旦置いて、ちょっとだけこの状況を楽しむことにした。
先生がいま勉強している内容とか、仲良くしてる友達のこととかを教えてもらった。
『そうだ。今日そっちに行けなかったお詫びと言ったら何だけど、元旦に一緒に神社に行きませんか』
「え、もしかして合格祈願?」
『そう。すごく混むから、朝早くに出発しないといけないけど』
先生の誘いが嬉しくて飛び跳ねそうだった。
実は俺から、先生を誘ってみようかと思っていたのだ。
「いいですよ! 俺も行きたいなって思ってたから」
『あ、本当? 僕と行きたいって思ってくれてたの?』
「……まぁ。それは、陽向先生は俺の、家庭、教師だし……」
自分こそ、はしゃいでいるみたいで恥ずかしくなり、縮こまる。
はぐらかしたけど、家庭教師だからって事じゃない。陽向先生とだから一緒に行きたいのだ。
『ふふ。じゃあ決まり。というかやっぱり、今日は自習にしようか。画面越しでも授業は出来ると思ったんだけど、僕は向いてなかったみたい。慣れないことはするものじゃないね』
「分かりました。先生も本調子じゃないんですから、きちんと身体休めてくださいね」
『はーい。じゃあ、また今度』
ビデオ通話を終え、本格的に頑張ろうかと椅子の上で伸びをした。
パソコンの蓋を閉じて横にやって、参考書に視線を落とすけど。
(やば……陽向先生の顔が頭から離れなくなっちゃったじゃん)
さっき頬杖をついて俺をじっと見ていた顔、先生の部屋。少しだけ見えた、いつも寝ているであろう先生のスプリングベッド。
……なんとも卑しい思いが支配してしまい、急な体の変化に耐えられなくなった俺は椅子から下りてベッドに腰かけた。
(もうっ、陽向先生のせいだし! そして俺の変態!)
頬を燃えるように熱くさせながら、目を閉じる。
陽向先生を思ってこんなことをする日が来るなんて。
本当、陽向先生に申し訳ないけど。
「……ン……、っ……」
ズボンの中に手を突っ込んで、荒く息をしながら欲望を放った俺は、ようやく頭を切り替えることができたのだった。
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