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【6時間目】
一年前、俺はこの日をどんな気持ちで迎えているのかなんて想像も付かなかった。
ここまで来るのに、あっという間だった。
前日の方が少し緊張感があったけど、今日は比較的落ち着いている。
制服に着替えてコートを羽織り、もう何度も中身を確認したリュックを背負って部屋を出た。
机の上に飾ってあった赤いお守りも忘れずに。
「忘れ物はない?」
「ないない。何度も確認した」
「本当に? 念の為にもう一度しておいたら?」
「いいよもう。絶対に大丈夫」
いつも以上にオロオロと部屋を動き回っている母がおかしくて、余計に肩の力が抜けた。
最後にマフラーを適当にぐるぐる巻きにして、家を出る。
とにかくちゃんと電車に乗って、会場に到着できれば大丈夫。
初めてお使いを任された子供みたいに繰り返しながら、足を一歩ずつ前に出した。
電車に乗り、大学の最寄り駅で降りると、同じように制服を来た受験生が皆同じ方向へと進んでいた。
まるでこれから魔王の住む城へと乗り込みにいく戦士のように勇ましく見える。
前の生徒に続いてキャンパス内に足を踏み入れたその時、遠くの方で俺を見つめる視線があることに気がついた。
こんなに大勢の人がいるっていうのに、瞬時に見つけ出せることが出来るのは我ながら凄いし、もはや特技だ。
俺の陽向先生発見メーターは常に作動していて、例え随分と遠い場所にいようが、確実にその姿を捉えてしまう。
嬉しい。サプライズだ。
建物の隅からこっそりと様子を伺っていた先生のもとへ小走りで向かった。
「おはようございます」
「おはよう。バレないと思ってたんだけど」
「バレバレですよ。どうしたんですか」
「やっぱり気になっちゃって。でも気を散らしちゃうと悪いかと思って、遠くから見守ってました。どうですか、今の気持ちは」
今朝だって電話を掛けてきて、同じことを訊いたくせに。
思わず笑ってしまった。
今の気持ちは、先生に直接会えてめちゃくちゃ嬉しいです。
でも結局その気持ちは隠して、電話で話した内容と同じ事を話した。
「やるだけやるぞって感じです。陽向先生のためにも、精一杯尽力します」
「いいよ、僕の為じゃなくて自分の為に頑張ってよ」
先生は、俺のしているマフラーを綺麗に整えてくれた。
どうせ後で取るのに。
そして今度は、俺の後頭部を優しく撫でてくる。
心拍数が上がるけど、その手を振り払いたくなかった。
なんかこれ、カップルみたい。
羞恥のあまり、先生の顔を時折ちらっと見上げるので精一杯だった。
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