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「大稀くんはやっぱり偉いね。僕とした約束をちゃんと守ってる」 「ん? 約束って、会場には早めに来るって事?」 「ふふ。違うよ。お守りの中身は見ないって約束」  あれ、どうしてそんな風に思うんだろう。  手紙には、なんて書いてあるのか改めて気になった。  俺の態度がそう思わせているのか?  少し複雑な気持ちが湧いてきたけど、あまり気にしていると試験に集中できなくなってしまうから、ぐっと堪えた。 「約束ですから。でも家でこっそり開けちゃおうかとも思ったのも事実です」 「でも結局見てないんでしょう? 偉いよ」 「変なことして、バチが当たったら嫌だし」 「神様は見てるってことですかね。じゃあ、そろそろ行って。いい報告、待ってるからね」 「はい」  陽向先生の手が俺から離れていき、頑張れ、と小さく言われた。  俺は首を縦に振り、先生に背を向けて会場へ向かう。  先生はもしかしたら、俺が動揺するような事を手紙に書いたのかもしれない。  例えばだけど……家庭教師のアルバイトを終えたら、俺を置いてどこかに行ってしまうんじゃないか。  もしかして、留学? そんな事が脳裏を()ぎる。  もしそうだったら寂しいけれど、俺にそれを止める権利はない。  先生がやりたいって思うことはちゃんと応援しなくちゃ。  けれど心許なくなって、つい振り返ってしまった。  陽向先生と目が合う。  先生は俺を真っ直ぐに見つめてくれていた。  それだけで、少し涙が出そうになった。  未来が見えなくて怖い。一ヶ月後、俺と先生はどんな顔をしてるんだろう。いつまで俺は、先生の隣にいられるんだろう。 「陽向先生っ」  俺はもう一度先生のところへ駆け寄った。  虚を衝かれた顔をしている先生に向かって、半ば叫ぶように思いを告げた。 「もしも合格できたら、さっきみたいに頭撫でてもらってもいいですかっ?」  ますます目を丸くする陽向先生を見ると逃げ出したくなるくらい恥ずかしいけど。  勝手にいなくなって欲しくないという願いも込めて、俺は先生をジッと見上げた。  例え結果がどうであれ、この人が急にいなくなるだなんて耐えられない。  しばらくすると、先生はまた柔和な表情に戻ってくれた。 「もちろん。たくさん撫でてあげるよ。ハゲるぐらいにね」 「いや、ハゲたくは無いんですけど……」 「だから安心して、試験を受けておいで。僕はずっと大稀くんの味方でいるから」 「……ありがとうございます」  よし、と一安心した俺は、再度先生に背を向けて歩き出した。  今度はもう、振り返ることはしなかった。  ていうか、やっぱり恥ずかしい。  あんな事を咄嗟に言ってしまったけど、先生に変人だと思われただろうか。  ……いや、陽向先生は、きっと俺を馬鹿にしない。  別に先生と俺が同じ気持ちじゃなくたっていい。合格したら、この気持ちを素直に伝えよう。  受験番号を何度も確認して席につき、気合を入れるように深く息を吐いてから、先生が丁寧に触れてくれたマフラーをゆっくりと外した。

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