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 * * *  何度か握ったり表面を指でなぞったりしたせいで毛羽たってしまったお守りの紐を、そっと解いた。  まるで時限爆弾を解除する人みたいだ、と思うくらい、とても繊細に中の物を取り出した。  四つ折りにされた紙を開いて、文字を辿っていく。  三行目に書かれた文章を目にした途端、ドクンと心臓が跳ねた。  たった数秒で読み終えてしまったけれど、また頭から読んで、読み終えたらまた頭から読むっていうのを何度も繰り返しているうちに、目蓋のまわりがじわじわと重く、熱くなっていった。  泣いているんだと気付いたのは、手紙の文字が滲んでいたから。  一粒の雫が目からこぼれ落ちて紙にシミを作ったので、俺は目蓋をゴシゴシと擦った。  そのまま俺は家を出て、待ち合わせ場所に向かう為に電車に乗った。  隣駅の改札を出てすぐの花屋の隣に、陽向先生はいた。  やっぱり俺は天才だと思う。こんなに人が多いのに、一瞬で見間違う事なく陽向先生を見つけ出せることが出来る。  駆け寄っていきたい気持ちを抑えて、至極冷静にそっちに向かう。  手紙の内容をまた思い出して少し涙目になってしまったので、瞬きを多くして、どうにか涙を引っ込める。  数メートル手前で先生は俺に気づいて、見ていたスマホを仕舞った。  挨拶するのも忘れて先生の目の前に突っ立つと、先生ははにかんだ。 「大稀くん」 「はい」 「卒業おめでと」 「ありがとうございます」 「……」  陽向先生も俺も、唇を真一文字にしたまま黙り込んでしまった。  先生の近くに立っていたスーツ姿の男性は、こちらの空気を感じ取ったようにそそくさと立ち去っていった。チャンスだ。誰かに会話を聞かれる心配はない。今なら言える。  俺はぐっとお腹に力を込めた。 「俺も、陽向先生と同じ気持ちなんです。大好きです」  心臓が口から出るかと思ったくらいだ。  手と足の震えも酷い。告白なんてもっと楽に出来ると思っていたのに、想像と全然違っていた。  震え続ける手が恥ずかしくて背後に隠すが、陽向先生から視線を外す事はしなかった。  陽向先生も目を瞠り、俺を見つめ返していたけど。 「……えぇっ?!」  急に素っ頓狂な声を出されたので、こっちは吹き出してしまった。  くくく、と俺はお腹に手をやって笑いを堪える。  やっぱり先生って、格好いいけどちょっと変わってる。  先生は両手で頭を抱えて、怪物にでも遭遇したかのような表情をしていた。 「ちょっと待ってよ……えぇ? 合格したの?」 「はい、しました」 「なっ、なんだよ! 神妙な面持ちで歩いてくるから、僕てっきりダメだったのかと思って……どうやって慰めようかって色々と考えてて……あぁ、良かった、本当に良かったですよ……」  先生も、じんわりと涙を浮かべていた。  あぁそうだ。手紙の内容に気を取られ過ぎて、まず先に合否を伝えるのを完全に忘れていた。 「すいません。先にそっちを言うべきでした。でも俺はそれよりも、先生に自分の気持ちを伝えたくって……」  その時、制服を着た高校生のグループが大声で話しながら背後を通り過ぎたので、羞恥でますます小さくなる俺の声はかき消されてしまった。 「とりあえず、場所を変えましょうか」と先生が笑って言って歩き出したので、俺はその背中についていった。

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