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【補習授業】
山から流れる小川の混じり気のない水を両手で掬って口に含み、喉を潤した。
底にある岩につまづかないように足を動かしながら、僕は遠くに視線を送った。
父の会社の人たちとその家族が集まってバーベキューの準備をしているずっと向こうの方で、カーミットチェアに腰掛ける青年が目に入った。
一方は賑やかな笑い声で溢れているのに対し、その空間だけ切り離されているみたいに異質だった。青年はひたすら持っているゲーム機に視線を落としていて、この状況を楽しむ事を放棄しているようだ。
黒髪の青年は一見僕と同い年くらいに見えるが。
近くにいた父に、あの子は誰かと尋ねてみたら、ちょうど隣にいた人が「あれね、俺の息子だよ」と教えてくれた。
名前は大稀と言って、今中二だという。
僕は引き寄せられるように、その子の側へ近づいて行った。
大稀くんはこちらに気付いたようで、一瞬だけ黒目を向けてくれたけど、すぐにゲーム機に視線を戻した。
どうしてだろう。交流は望んでいないって一目で分かるのに、どうしてもその子と話したくて仕方ないのだ。
「こんにちはー」
「……ちわ」
爽やかに話しかけると、大稀くんは跳ねるように視線を上げ、あからさまに眉をぴくりとさせた。
一応返事してやったという感じで、すぐに視線を外す。
普通だったら空気を読んでその場から立ち去るべきなんだろうけど。
僕はあえて立ち去らず、すぐ隣にチェアーを持ってきて図々しくも座った。
また一瞬、大稀くんは動揺したようにこっちを見たけど、やっぱり何食わぬ顔をしてゲームをし続けた。
「僕、堤って言います。もう少ししたらご飯だって。こういう場所でバーベキューってしたことある?」
「……」
あ、一応首は横に振ってくれている。
「空気が澄んでて気持ちがいいよね。こういう場所は苦手なの?」
「……普通です」
「そうなんだ。さっき川の中に入ってたんだけど、結構冷たくて。最初は気持ち良かったんだけどね。足の裏で踏ん張ってないと体が持って行かれそうになるんだ。けど岩はゴツゴツしてて痛いし」
「そうですか」
うわー。面倒臭そう。
というか本当に面倒臭いんだろうな。自分からバリアを張って身を守っている。
家や学校でもこんな感じなんだろうか。それともここに来るのは不本意だった為に、敢えて不機嫌な様子を周りに見せつけて罪悪感を抱かせようとしている?
冷たく応対されても、そうやって分析すれば傷つくことはなかった。
逆に距離を縮めたいと思えた。だってこの子、すごく美人なんだ。笑った顔が見てみたい。きっと素敵なんだろうな。
僕はずいっと身体を寄せて、大稀くんの手元を覗き込んだ。
「何のゲームしてるの? あ、オンライン中?」
「……別に」
大稀くんは急にブツッと電源を切ってため息を吐き、虚な目をして山の方を見始めた。
流石にうざったいかなと反省していたら、「きゃー」という子供の叫び声が聞こえてきたので、自然とその主の声を二人で探した。
見ると、川瀬で小学校低学年くらいの女の子が尻餅をついていた。
びしょ濡れになった女の子は泣き出してしまい、近くにいた母親が慌てて水の中から引き上げていた。
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