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「あぁ、滑っちゃったのかな。着替えとか大丈夫かな」  僕はオロオロとするが、大稀くんは特に反応しない。  泣きっぱなしだった女の子は、大きめのタオルで全身を拭かれているうちに落ち着いてきたようで、母親が新しい衣類を持ってきたタイミングで笑顔になり、また川の水に手を入れて遊び始めたのでホッとした。 「良かった。怖い思いしなくって。川や水を嫌いにならなくて」 「……子供好きなんですか」  聞き間違いかと思って僕は首を回して大稀くんを見る。  僕とは相変わらず目が合わないけど、少しなら交流してもいいとオッケーを出されたようで嬉しくなった。  なぜか宝くじに当たったみたいに喜んでしまい、僕はうんうんと何度も頷いた。 「うん、好きなんだ。保育士になってもいいかなって思うくらい」 「へぇー……男でもなれるんだ」 「なれるよ。でも、実は迷ってて。全く違う道にも進んでみたい自分もいるんだ。こういう自然も大好きだから、仕組みとか法則みたいなのも知りたいって思うし、今ある環境を守っていきたい思いもあって」 「どっちもやれば」 「えっ?」 「保育士もやって、そういう環境とか自然のこととかも勉強すればいいんじゃないですか」  なるほど、そう来たか、と僕は心の中で呟く。  でも、違う分野だからなぁと困っていたら、大稀くんは少しだけ口の端を持ち上げた。 「羨ましい。そうやって、やりたいことがたくさんあって迷えるのって。好きなことはこれって、ちゃんと自分の口から言えるのって」  笑った……  でもちょっと自重気味だ。僕は「そんなことないよ」と笑った。 「優柔不断なだけ。決断力がないんだよ。早い奴はもう夢に向かって勉強を始めてるし。僕はずっとフラフラしていて、周りに置いてかれてるんだ」  仲の良い友人達が、最近明確な夢を語り合っていたのを思い出して、少し不安になったのだ。いつになったら僕の道導はできるのかと。  自分の弱みを見せたからか、大稀くんはもう僕を無視することはしなくなった。 「じゃあ、どっちがより好きなの。子供と、自然」 「え、うーん……どっちも好きだけど……」 「自然の方じゃないの」 「え、どうしてそう思うの」 「こっちは聞いてないのに、自分から話してきたじゃないですか。川が冷たいとか岩が痛いとか。さっきの子が転んだ時、ここから見てるだけで助けに行こうとしなかったし」  ……この子、聞いてないようでちゃんと聞いてたんだ。  確かに女の子が転んだ時、ハラハラしたけど自分が行こうとは思わなかった。母親が行くだろうと思っていたから動かなかったのだ。 「……確かに」 「それに勘だけど、環境とか自然の方が向いてる気がする」  風で髪の毛が顔に張り付く。  僕はキラキラと反射する川面を見つめたまま、何も言えなくなった。  どうして、名前しかしらない青年に言われただけで決心したのかはわからない。  魔法使いなんじゃないかな、この子。  本気でそんな事を考えてしまい、僕は面映くなって立ち上がった。 「ありがとう。じゃあ僕、あっち手伝ってくる」  大稀くんは最後まで僕と目を合わせることはなかったけど、頭を少し下げてくれた。  ルンルンと鼻歌まじりにテントに向かう。  大稀くんと僕、これからの未来に幸あれ。  僕は雲一つない青空に向かって、そう願ったのだった。      *Fin*

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