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【特別授業】1
陽向と桜を見に河川敷にやってきた。
一年前、自宅近くの公園で見れた時と同じように、満開の桜を見ることができた。それがすごく嬉しい。
川沿いに並んだ屋台は賑わっていて、立ち止まるにも進むのにも躊躇する混雑状況だ。
人の波にのまれそうになっていると、陽向が俺の手首を掴んだ。
ドキッとしたが、陽向は特に表情を変えるわけでもなく「こっちから行こう」と引っ張ってくれて、屋台の裏手の方へ誘導してくれた。
陽向と恋人同士になって三週間。
その間、会えたのは今日も含めてたったの三回。
正直言って、付き合ったからと言って何かが劇的に変わったわけではない。キスはあの日、俺から強引にしてしまったわけだけど、あれ以来唇を合わせることはしていない。
この前初めて、陽向の住んでいる家にお邪魔した。
画面越しじゃなくて、実際この目で見る陽向の部屋に胸が高なった。
部屋に誘ってくれたってことは、エッチな雰囲気になってもいいってこと?
そうやって抱いていた期待は見事に裏切られ、晩御飯をご馳走になった後「じゃあそろそろ帰らないとね」とあっけなく家に帰された。泊まりたい、もっと一緒にいたい、とは恥ずかしくて言えなかった。
陽向のいう好きって、キスとかエッチがしたいとかじゃないのかな。
最近、勉強から開放されて暇になった俺はそんなことを考えるようになった。毎日毎日、陽向とキスをして体を繋げたいってことばかり頭にあるのだ。
そんな変態な脳みそをしているだなんて、陽向に気付かれたくない。だが妄想は止まらない。
けれど、まだ三週間。それに毎日会えているわけじゃないし。
焦らずとも、ゆっくり歩んでいけばいいのかな。そう言い聞かせるようにしている。
「大稀くんとこうして、無事桜を一緒に見ることができて本当に嬉しいです」
レジャーシートに座って屋台で買ったものを食べながら陽向は、言葉通り本当に嬉しそうな顔をしていた。
俺はとっくに敬語を使うことはなくなったのに、陽向はいまだに敬語とタメ語を入り混じらせるところも変わってない。それも陽向らしいといえば陽向らしい。
「一年前、正直全く自信なかった。でも陽向に合格出来たら桜見に行こうって言われて、絶対に合格したいって思ったんだよね。俺、あの時から陽向のことを好きだったのかも」
「え、本当に?」
「あっ、うーん……確証はないけど、陽向のことカッコいいなぁって思ってて」
思わず漏れた本音に、お互いちょっと気恥ずかしくなる。
空気が甘く穏やかで、他に人がいなければキスでもしちゃいそうな雰囲気だ。
焼きそばとお好み焼きを無言で食べながら、少し離れたところでバーベキューを楽しんでいるグループをジッと見つめた。陽向と同じくらいの年齢の人たちだ。男女のグループで、片手にお酒を持って笑っている。
……あの中に、カップルっているのかな。
ふと湧いてきた気持ちから、枝分かれした妄想がどんどん膨らんだ。
陽向って、大学で彼女とかいたのかな。
こんなに格好いいんだから、何年も恋人がいない期間があったとは思えない。家庭教師として家にやってくる前、陽向と愛し合った人がいたんじゃないか。
「バーベキュー、やりたくなった?」
陽向にそんなことを問われ、全く別のことを考えていたが笑って見せた。
せっかく陽向と一緒にいるんだから、もっと楽しいこと考えたらいいのに。
今の陽向の恋人は自分なのだから、そんなの気にすることじゃない。そうは思うのに、陽向のことが好きすぎて嫉妬する。たまに言いようのない不安に駆られてしまう。
陽向はこんなにも優しくて、俺を大切にしてくれている。
何も不安になることはないのに。
不安の原因はやっぱり、陽向が安易に触れてこないことが関係しているんだろうか。
食べ終えた俺は割り箸を下ろして、切り出した。
「今日、陽向の家行ってもいい?」
「うん、もちろん」
即答してくれたので安堵する。
ほら、大丈夫だ。もしかしたら陽向も、俺を誘いたくて仕方なかったのかもしれない。
陽向は少し奥手な所があるから、俺が多少強引にいった方がいいのかも。
家に着いたら、キスのオネダリをしてみようかと考えた。
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