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 陽向の家に着いた。  部屋の隅のソファーにちょこんと座り、さっき一緒に借りたDVDを早速観ることにした。  陽向も俺も、スプラッターとかホラーものは苦手なので、ファンタジー映画にした。シリーズ物でもうずっと続いている。初期の方は映画館で観た覚えがあるけど、陽向も五作目くらいからは観ていないとのことだったのでそれにした。  陽向の煎れてくれた紅茶を飲みながら、しばらく見入った。  魔法の世界で、主人公は不思議な冒険の旅に出る。  手に汗にぎるアクションシーンを見ている最中、陽向がどんな顔をして観ているのか気になって、こっそり顔を覗いてみたのだが。  陽向はなんと、寝ていた。  見た瞬間、お腹を抱えて笑ってしまう。  陽向はソファーに背をもたれながら目を閉じ、微動だにしていない。   「陽向」  小さく名前を呼んでみても返事はない。  もう一度呼んでも返答がなかったら、キスしてしまおうか。 「ひーなた」  さっきと変わらなかったので、キスをすることにした。  そっと触れるだけのキス。  舌を入れたりしたら、すぐに気付かれてしまうから。  二、三秒くらい、唇をくっつけた後に顔を離した。そのまた二、三秒後に、陽向の目蓋が持ち上がった。 「あれっ、僕寝てた?」 「寝てたよ」  陽向は自らの唇に手をやり、何回か指先で擦った。キスされたことにやっと気付いたみたいだ。  テレビからは爆発音とか、主人公が敵を攻撃しながら必死に張り上げる声とか、いろんな雑音が聞こえてきてうるさい。  でもそれを消す手間を惜しむくらい、俺は陽向から目が離せなかった。  今度は陽向の方からキスをされた。  触れるだけだと思っていたけど、いとも簡単にするっと侵入してきた陽向の舌先にびっくりして、自然と肩が持ち上がって力が入る。  口をさっきよりも頑張って開けると、ますますそれが奥まで届いてきた。  大人なキスだった。こんなキス、知らない。  陽向と俺、今この瞬間、お互いを強く想い合っている。  このまま、このソファーに押し倒されたい。  それでエッチなこと……  陽向にたくさんしてほしい…… 「映画の続きは、また後でにしようか。夕飯はどうしよう。ピザでもとる?」  キスの余韻に酔いしれている俺とは対照的に、陽向はさっと表情を変えて起き上がり、紅茶のカップを二つ持ってキッチンの方へ消えてしまった。  俺は目をしばたたかせる。 (えっ……いい雰囲気だったのに……はぐらかされた)  テレビからはまた、耳障りな爆発音が鳴る。  俺は耐えきれずに、リモコンの電源ボタンを押してぶつっと消した。  こっちの気持ちに気付いて欲しいという意味も込めてわざとそうしたっていうのに、陽向は特に顔色を変えずに洗い物をしていたので拍子抜けした。      やっぱり陽向は、俺とそういうことをするのは望んでいないんだ。  疑惑が確信に変わったようで、ちょっと落ち込む。  いやでも、俺は陽向とエッチなことがしたくて付き合ってるんじゃない。  陽向が好き、それだけでいいじゃないか。  周りはみんな馬鹿ばっかりだと捻くれていた頃よりも気持ちのコントロールができるようになったと自負している俺は、この後気持ちを入れ替えて陽向と接するように心がけた。  結局夕飯は、ピザを頼むことになった。  届いたピザを食べながら、当たり障りのない会話をして笑っているうちに、さっきのキスは夢だったんじゃないかと思えてきた。だってそうしないと悲しくなってしまう。  この日も前と同じように「そろそろ帰らないとね」と言われ、九時前には家に帰された。  家のベッドにダイブして、うんうんと唸る。    好きだから、もっと触れたいって思うのは当たり前なんだと思ってたんだけど、そうじゃない人も世の中にはいるみたいだ。  陽向からさっき届いたメールを読み返す。  『着いた?』『また今度、家においでね』  こっちの気持ちとは正反対な陽向だけど、こんなにも優しい。    大丈夫大丈夫。まだまだ俺たちは、始まったばかりだ。  そうやって毎日言い聞かせていった。    だが一ヶ月、さらに一ヶ月と月日が流れても、状況は変わらなかった。  大学にも慣れ、新しい友人もできた俺は毎日充実していたけど、陽向との関係のことだけが気がかりだった。    なんでだろう。俺に魅力がないのがいけないのかな。  

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