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第9話
シュンが俺の絵を選んでくれるのは嬉しいし、夢が叶うのだから幸せな事なんだと思う。
だけど、今回の依頼だけでも、毎晩変な夢を見てしまう俺なんだから、更にシュンに会う機会が増えたら、もっとシュンに対する想いが大きくなってしまいそうで怖かった。
怖かったけど…
「本の話、断わるつもりなのか?」
「…」
「断わるなら、今度行った時にお前から直接言ってくれよ。俺は断わりたくないんだよな」
「なんでだよ…そういう仕事は、いつもお前が――」
「じゃあ、どんな理由で断わるんだ? 『渡辺タクトは以前、シュンと特別な関係にあって、シュンに会うのは辛いと言ってるので、この話は無かった事にして下さい』とか言うのかよ?」
「あのな、もっと普通に断わる方法あるだろ? 他の仕事がずっと入っていてとか」
「だから、それだったら、お前が自分で伝えろよ。俺はこの仕事はやった方が良いと思ってるんだから」
そこまで話をすると、進藤に電話が入ってしまい、『俺からは断わらないからな』と一言残して、俺を部屋から追い出した。
なんで、そんなに俺にシュンの仕事をさせたいんだ? 俺が苦しんでる姿を見るのが楽しいのか――?
いや、俺が前に、いつかシュンの為に絵を描きたいって言ったのを覚えているからなんだろう。でも、今の俺には無理なような気がする。シュンの傍に居ると、また、シュンの事をどんどん好きになっていってしまいそうで怖い。
やはり、今度行った時にどうにか断わろう。
AMSを再び訪れる日がやって来てしまった。シュンの本のイラストを担当する件については、個人的な仕事の都合で受けられないと言うつもりだ。
でも、上手く言えるだろうか? シュンに見つめられたら、その言葉が出てくるかどうかわからない。
AMSレーベルの受付に行くと、前回と同じようにミーティングルームに通され、しばらく椅子に座ってシュン達が来るのを待った。
「お待たせしました」
ドアが開き、伊東さんの後に続いて入ってきたのは、幸いシュンではなかった。
次の仕事を断わること、伊東さんになら言いやすいかもしれない。
「これはサーベルのリーダーのリュウです」
伊東さんと挨拶を交わした後、紹介されたのはサーベルのメンバーの1人だった。
「どうも初めまして。リュウです」
「初めまして、渡辺です。よろしくお願いします」
リュウは、やわらかい印象のシュンとは違い、少しきつい感じがした。
「早速ですが、渡辺さん、よろしくお願いします」
「はい」
持ってきたイラストをテーブルに並べて、伊藤さんとリュウの反応をうかがっていた。
リュウは、考えるようなポーズをしながら、1枚1枚をじっくり見ていた。伊東さんは、万人受けしそうなものをサッと手にとり、さかんにリュウに勧めていた。
「どうでしょうか?」
「うん、俺的にはどれも良いな。伊東さんは?」
「そうだねぇ、俺はこっちのかな。やっぱり」
それからしばらく2人で話し合っていたが、思い出したようにリュウが伊東さんに言った。
「伊東さん、シュン呼んで来てよ。今、6階の会議室に居るはずだから」
「あぁ、そうだね。じゃ、内線で…」
伊東さんがそう言いかけると、リュウは首を振った。
「シュンがあの打ち合わせ、席外しにくいから、電話じゃなくて呼びに来て欲しい、って言ってたんだよ」
「了解」
シュンが来てしまう――。そう思っただけで心臓が痛いほどドキドキした。
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