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第10話
「すみません渡辺さん。ちょっとシュンを呼んで来ますので」
伊東さんがそう言って席を立った。
「はい。わかりました」
俺は複雑な気持ちで、伊東さんが席から立ち上がるのを見ていた。
そして俺は、シュンが忙しくて、来れなければ良いのに…そんな事を思っていた。
伊東さんが出て行った後、ちょっと睨むような視線を向けながらタバコをふかすリュウと、2人きりになってしまい、俺は何を話して良いのか困ってしまった。
仕方がないので、これからする話に関係の無いものを片付けようと思い、手を伸ばして絵を入れてきたファイルを持ち上げた。
その瞬間、そのファイルの中から、数枚の絵がリュウの前に落ちてしまった。
「あ、すみません」
慌てて俺がその絵を取ろうとすると、リュウがパッとそれを押えた。
「渡辺さん、ちょっとこれ見ていいですか?」
「え? えぇ」
リュウの手元を見ると、その絵はすべて、家でこの仕事をしている間、時々息抜きで書いていたシュンの絵だった。
どうしてこれが入っていたんだろう?
「あの、渡辺さん、もしかして以前、隣駅のカラオケBOXでバイトしてませんでした?」
絵を見ていた視線を俺に移してから、リュウが聞いてきた。
もうすぐ、シュンが来てしまうという思いと、リュウにシュンとの事について何か聞かれるのでは? という緊張から、俺は両手にジットリ汗をかいていた。
「はい。やってましたけど?」
「やっぱり」
リュウが、俺のことを観察するように見ながら言った。さっきまでのキツイ顔ではなく、少し楽しげな表情になっていた。
「たしか5年位前だったかな? シュンが何かと言うとあのカラオケBOXに行きたがってね。気に入った女の子でもいるのかな? とか思ってたんだけど」
「…」
冷や汗が背中を伝ってきた。
そりゃ普通は、若くて可愛い女の子にでも目を付けたのか? と思うだろう。俺だって、友達がそんな行動とってたら、きっとそう考えるはず。
そう考えてから俺は、もの凄く恥かしくなった。
「会いに行ってた相手って、渡辺さんだったんだよね。いやさぁ、シュンがあんなに他人に興味持った所見たの、初めてだったからね」
「そうなんですか?」
「シュンはさ、俺達とバンド始めた頃から、自分の世界には他人を絶対踏み込ませないって感じの所があってね。俺には、シュンが自分を必死に守ってるみたいに思えたなぁ。前のバンドで何かあったみたいだけど、誰にも話してくれなかった。で、そんな風に影がある雰囲気がクールに見えて、ファンの女の子には好評だったけどね。それが、あの頃は、ちょっと違ってたな。なんだか、いっつも幸せそうだった。誰といても凄く自然体で優しい雰囲気だった。あれが本来のシュンの姿だったのかな?って感じ。ライブでもやけに楽しそうで、ファンの子もちょっと驚いてたみたい。良い意味でだよ」
「ホントなんですか? でも、シュンはライブが一番好きだって言ってたから」
「まぁ、好きだったのは前からだけど、あんなにハジケテなかったんだよ。でも、そんなシュンが可愛いって、またファンが増えたけんだどね。そう言えば、毎日コソコソ携帯見て嬉しそうにしてたっけ。あんな子供みたいなシュンの姿見れたの、あの頃だけかな。俺、あの頃のシュン、結構好きだったな」
リュウが懐かしそうに話すのを、俺は黙って聞いていた。
俺の知らない所でシュンがそんな様子だったなんて、思いもよらなかった。ライブの時の少しコミカルなシュンの姿だって、彼の普段の姿だと思っていた。俺がシュンにそんなに影響を与えていたなんて。
シュンはそれ程俺の事を? そう思うと胸がまた苦しくなった。
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