12 / 62
第12話
きっとシュンは幸せなはず。だって今、目の前で、天使のように微笑んでいるじゃないか。
「遅くなりました」
「渡辺さんにイラストをお願いしてある、あの本の打ち合わせも始まってて」
「あ、その事なんですけど」
そう言ったとき、シュンが俺の目を見てニコッと笑った。
「渡辺さん、引き受けて下さって、有り難うございます。俺、楽しみにしてます」
断わりの言葉を言い出だす前に、シュンにそう言われてしまい、俺は口にしようと思っていた言葉が一つも言えなかった。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
俺の言葉を聞いて、シュンが嬉しそうに頷いてくれた。俺は、シュンのその笑顔から目が離せないでいた。
誰かの咳払いが聞こえ、慌ててシュンの顔から目を逸らすと、微笑んでいるシュンの横で、リュウが少し難しい顔をしていた。
シュンが来てからしばらく、リュウと伊東さんとでどの絵にするか話し合っていた。その声を聞いているうちに、寝不足気味だった俺は、意識が薄れかけてしまった。目の前のシュンだけが眩しく見えてしまい、もしかして、俺はいまだに、シュンに恋してるのかもしれないって思った。
でも、シュンには家庭があるし、俺だって彼女が居ると、リュウに話しているのだ。前のようにシュンに迷惑を掛けるような事になってはいけないのだ。
シュンからの仕事の依頼を断れなかったんだから、かなり気を引き締めてやらないと。シュンを見てるだけで、こんなにクラクラしてるようじゃマズイだろ?
俺は必死に自分に言い聞かせていた。
「それじゃあ、シュンの言う通り、これにするか」
リュウのその言葉で、俺は我に返った。
「お待たせしました、これで行くとこにしましょう。よろしくお願いします。ただ、ここの色をシルバーから、グレーに。えっとこんな感じのグレーに変更してもらいたいんですが?」
「わかりました」
俺がメモしている手元を、シュンがじっと見ているのがわかった。ひどく緊張する。
「それでは、これを10日までにお願いします。日程的には大丈夫ですか?」
「はい、10日ですね。大丈夫だと思います」
そして、打ち合わせが終わり、伊東さんと雑談をしながら、俺は帰る用意をしていた。
次に何も予定の無かったので、久しぶりに映画をゆっくり観るつもりでいた。
それなのに、またしても進藤の陰謀が――。
「あの、進藤さんから聞いてると思うのですが、これから部屋を移動して頂いて、シュンの本の件で、軽く打ち合わせをしたいんですけど」
「え、あの」
「聞いていらっしゃらなかったんですか?」
「え、いや。ちょっと連絡が無かったもので」
「何か他に予定がありましたか? お忙しいようでしたら、後日改めて――」
「あ、いえ。大丈夫です」
柔らかな表情で俺を見ていたシュンに、リュウが何か耳打ちをした。シュンの表情が一瞬曇ったように思えた。でも、すぐに柔らかく微笑むと、リュウに向って頷いた。
「それでは、渡辺さん。行きましょう」
俺は伊東さんとシュンに付いて部屋を出た。リュウは、これからレコーディングの続きだから、と言って、その場で別れた。
エレベーターで6階に上がり、会議室に向って3人で歩いて行った。部屋の前につき、伊東さんがドアをノックする。
「遅くなりました」
伊東さんが開けてくれたドアから部屋に入ると、中にいた4人の男性がこちらを見た。
「待ってましたよー、シュンさん。あ、そちらが渡辺さんですね」
「御免なさい。お待たせしました。今紹介しますから、取り合えず座りましょう。さぁ、渡辺さんもどうぞ」
シュンにそう言われ、伊東さんが引いてくれた椅子に腰掛けた。
担当者の紹介や名刺交換等の挨拶が終わると、出版社の担当の下平さんが急に満面の笑みを浮かべて、俺のほうを見た。
ともだちにシェアしよう!