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第13話
「いやぁ、渡辺さん、有り難う御座います。今回渡辺さんが引き受けてくださらなかったら、またこの企画は流れてましたよ」
「いえ、どう致しまして。私の方が、シュンさんにチャンス頂いたようなものなので、こちらこそ感謝しています。よろしくお願いします」
出版社の下平さんと俺とで、しばらく頭を下げあっていた。
「俺ね、ずっと探してたんですよ。渡辺さんみたいな絵を描く人。俺こそラッキーです、渡辺さんと一緒に仕事が出来るなんて」
隣からシュンの声が聞こえた。仕事に関して言ってくれている事なのに、俺は自分自身について言われてるよう気がして、胸がまたドキドキしてしまった。
「すごいんですよ。シュンの惚れ込み様が。渡辺さんの個展に行ってから、CDのジャケット描いてもらうとか、言い出すし。今回の話が来た時も、すぐに言いましたよ『渡辺タクトさんと一緒に仕事出来るならやる』ってね。まったく困った奴です」
皆が笑いながら『羨ましいなー、渡辺さん』とか『俺もシュンにそんな事言われてみたい』などと冗談を言い合って、場の雰囲気がすごく和んだような感じだった。
それからすぐに、本の内容についての説明が始まった。
出版社側から出た内容に、「さっきもお願いしたんですが…」とシュンが言った。シュンは自分が企画した部分をが欲しいということを熱く語っていた。
バンドやシュンのイメージがあるから、事務所的には個人的な内容を載せたくないようだったけれど、最終的には、もともと予定されてた内容と、シュンの企画するページ、それから、シュンは嫌がっていたけれど、シュンの写真も載ることになった。
現実的な話として、確実に売り上げを伸ばすためには、シュンの写真はどうしても必要だろうというのが俺を含むその場の人達の意見だった。
「それから、イラストの件については、直接、渡辺さんと進めて行って良いですか?」
シュンがそう言った。
「えぇ。最初からその予定ですよ。そこは絶対シュンさん譲らないと思ってましたから」
下平さんがそう言って頷いた。
「わかって頂いてると、話が早いですよね」
その後も1時間以上話が続いて、気が付くと、窓の外は薄暗くなっていた。
打ち合わせが終わって、会議室から出ると、他の人達は次に予定が入っていると言って、慌ててその場から居なくなった。
俺はやっと緊張から開放され、エレベータに向かう廊下でホッと溜息をついた。
シュンが俺の絵を気に入ってくれているのは良くわかった。一緒に仕事したいと言ってくれてる気持ちも嬉しい。
でも、シュンのことが好きなんだと、改めて気づいてしまった俺にとっては、かなりキツイ仕事だ。この仕事が終わるまで、気が抜けないぞ――。
そう思いながら、エレベーターを待っていると、後ろから声をかけられた。
「渡辺さん」
「はい? あ、シュンさん」
伊東さんと隣の部屋に入ってと思っていたシュンが、すぐそこに立っていた。
「お疲れ様」
「どうも…。シュンさんこそ、お疲れ様でした」
「ありがと。下まで送るよ」
シュンがそう言って俺の隣に並んだ。
「え、そんな。忙しいんじゃないんですか?」
「まぁね。でも、今は大丈夫」
エレベーターが来て、2人で乗り込んだ。
運悪く誰も乗っていないし、1階につくまで何処にも止まらなかった。2人きりの密室、心臓の鼓動が激しくて、シュンにも聞こえてしまうのではないかと焦っていた。
そんな俺に気付く様子も無く、シュンはさっきの打ち合わせの事を話していた。でも俺はその内容も頭に入らず、曖昧に返事をしているだけだった。
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