14 / 62

第14話

 1階についてエレベータを降り、自動ドアの前まで来た。 「わざわざ有り難う御座いました。それでは」  そう言った俺に、シュンが言った。 「ね、渡辺さん、時間ありますか?」 「え、あの」  ヤバい。帰れないのか――。 「ちょっと、何か飲んで行きませんか? さっきの打ち合わせ、お茶ばっかりだったから、コーヒーでも飲みたいな」  シュンがそう言って、入口の横にある店を指差した。昔の記憶がチラッと頭をよぎった。 「そうですね」  頭の中では、断わった方がいいとわかっているのに、シュンの顔を見てしまうと、どうしても断わる言葉が出てこなかった。  しばらくの間、本の打ち合わせで出たことなどを話していた。そのうち、挿絵についての話になると――。 「ニューヨークはどうだった?」  カップを手に取りながらシュンが、何でもないことのように聞いてきた。 「そうですね、色んな人が住んでました。思ってたよりも暮らし易かったです」 「そう言えば、渡辺さんは、英語しゃべれたんですね、知らなかったな。俺なんて全然。海外で仕事ある時は、通訳さんに任せっぱなしだし」 「俺も勉強はしたんですけど、会話が出来るって程じゃなかったです。だから最初はすごく大変でした。絵の学校行きながら、英会話をやり直しましたよ。でも、苦労したけれど、やって良かったと思います」 「頑張ったんだね。タカト、すごく大人になった感じがする」  シュンがそう言って眩しそうに俺を見た。 久しぶりに名前で呼ばれ、鼓動がいっそう早くなった。でも、動揺を見せてはいけないんだ。 「老けただけですよ」  俺はそう言って頭を振った。俺の様子を見て、シュンが口を尖らせるような顔をした。 「老けた――だなんて、年上の俺の事考えてよ。君はまだ20代でしょ?」 「すみません。でも、別にシュンさんが老けたなんて言ってないです。シュンさんは…その、あの、あの頃と変わらなくて――」  可愛いです――と言ってしまいそうだった。前の話はしないようにしようと思っていたのに、2人でむかい合って、シュンの柔らかい表情を見ていると、気が緩んでしまう。ほんのちょっとした仕草も話し方も変わらなくて、あの頃に戻ったような錯覚に陥ってしまう。 「進歩無いって言いたいの?」  シュン少しだけ拗ねたような言い方をした。 「そんな事言ってないって」  慌てた俺をみて、愉快そうに笑った。その笑顔、とても懐かしい。 「シュン、楽しそうじゃない。恋人?」  急にそんな風に声を掛けて来た人がいて、慌てて声のする方を見た。シュンが顔を上げて、相手を睨み、怒ったように言い返した。

ともだちにシェアしよう!