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第25話

「さて、どうしようかな。俺ね、実は自分の事を書きたいと思ってるんだ。でも、あんまり賛成してもらえなくてね」  スケッチブックを捲りながらシュンが話し始めた。そこには走り書きのような文字と、簡単なイラストが書いてあった。 「自分の事って、自伝的な内容ですか?」 「うーん、自伝っていうか、自分の考えてる事とか、将来の事とか。いまさら将来って言うのも変なんだけどね。影響を受けたものとか、好きなものとか、そんなのを、渡辺さんの力を借りて表現してみたいなってね。後さ、こっそり自分で撮ってる、メンバーとかスタッフの写真も使いたいんだ」 「へー。良いと思うのに。あ、いえ、思いますけど――」  シュンの話を聞いているうちに、あの頃に戻ったような気がしてしまった。慌てて言い直した俺を見て、シュンがクスッと笑った。 「あのね、皆が心配してるのは、俺が何かイメージと違う事をするだろうって事。何でだろうな? 俺のイメージって何だろうね」 「やっぱり、天使とか?」 「ははは。天使とかって、もうそんな年じゃないよ、俺なんて」 「そんな事ないですよ。今でも、シュンは…、えっと、穏やかで優しい雰囲気で――」 「んー。そういうのって、ちょっと荷が重いな。俺、そんなんじゃ無いんだ。本当は」  そう言って笑った顔が、少し寂しそうに見えた。俺は余計な事を言ってしまったかもしれない。  その後、俺はシュンに考えてるものをまとめてみることを薦めた。形になってくれば、他の人達にも伝わりやすいだろうからって。どうなるかはわからないけれど、とにかくやってみないと。  雑談を含めた打ち合わせの時間は、あっという間に過ぎていった。 結局、伊東さんは最後の方にちょっとだけ来て、本の件については何も意見を言わないまま、打ち合わせが終わってしまった。 そして、伊東さんは挨拶を済ませると、再び慌しく部屋を出て行ってしまった。 「渡辺さん?」  帰る用意をしていると、シュンが声を掛けて来た。 「はい」  背中に視線を感じて、振り返ることが出来なかった。 「スマホの番号聞いてもいいですか? 仕事用のじゃなくて」  シュンに言われて、迷ってしまった。仕事関係の連絡は、なるべく家の電話にしてもらっている。便利だけど、いつでも何処にいても掴まってしまうスマホが、俺は少し苦手だった。  仕事の関係者で俺のスマホの番号を知っているのは進藤だけだ。あいつは友人でもあるから仕方なく教えてある。一応、仕事の電話はスマホにかけるなと言ってあるのだが――。  だから――シュンにも、知らせないようにしよう。シュンをまた、自分の特別な存在にしてしまいそうな気がするから。 「すみません。仕事の電話は、お知らせしてある番号にかけてもらいたいんです。あの、あまりスマホ使ってないし」  納得してもらえるような言い訳とも思えないけれど、そう伝えた。シュンは俺の気持ちをきっとわかってくれると思う。 「そう、わかったよ」 「すみません」  シュンの声が寂しそうに聞こえて、俺は顔を上げることが出来なかった。 「そんな、気にしないでいいよ。それより俺、渡辺さんに相談して良かった。頑張ってまとめてみるよ、ありがとう」  優しくて穏やかな声が聞こえてきた。胸の中が温かくなるようなシュンの声、やっぱり好きだって思っていた。 「力になれて、嬉しいです」  そう、ずっと思い続けていた事だ。シュンと結ばれることがなくても、シュンの為に絵を描きたかったんだ――。 「また、連絡します」 「はい」  2人の会話は微妙な距離を保ったまま終わった。

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