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第26話
俺は打ち合わせしていた部屋を出て、廊下を歩きながらエレベーターへと向かった。シュンが当たり前のように一緒に来てくれた。2人で並んで歩いていることが少しくすぐったい気分だった。
他愛の無い話をしながら、廊下の先の方を見ると、向こう側から背の高い金髪の女性がやってくるのが見えた。
「タクト?」
近づいて来た金髪の女性が、俺を見つめながらこぼれるような笑顔を向けた。
「やっぱり!タクトね」
近寄って来た彼女を見つめる、誰だろう? 俺を見ている彼女の目がキラキラ輝いていた。
「え、ジョアン?」
瞳の色が違う? カラーコンタクトにしたのか? 髪の色だってこんなに鮮やかなブロンドだったっけ?
「久しぶりね!!」
ジョアンが俺の体に腕を回し、両頬にキスをした。柔らかい彼女の身体を懐かしく思った。
「どうしたんだよ?」
ビックリしてなんと言って良いのかわからなかった。
「あなたを追ってきたのよ?!」
ウインクをしながらジョアンがそう言った。
「え…」
俺が反応できないでいると、ジョアンはシュンに視線を向けた。
「うそ。仕事で来たの。うちの事務所のグループが日本でも人気が出てきてね。その事でちょっと打ち合わせ。タクトは? 音楽事務所で何してるのよ」
ジョアンは挑戦的な視線をシュンに向けていた。
「仕事に決まってるだろ。シュンの…あ、日本で有名なバンドのボーカリストなんだけど、彼の本にイラスト描くんだ」
「へぇ、このカワイ子ちゃんが?」
ジョアンが驚いたような顔をした。
「ねぇ、タクト、もうすぐ打ち合わせ終わると思うから、何か美味しいもの食べに連れて行ってよ」
初めて会った時と同じで、相変わらずジョアンは積極的だ。
「あぁ、良いよ」
俺も初めて会った時と同じように答えた。
「良かった。愛してるわ! タクト」
ジョアンが俺に抱き、両頬にキスをした。隣にいたシュンが、離れて行ったように思えて、
胸がチクッと痛んだ。
「あ、あのさ、1階のロビーのところで待ってるから」
俺は、シュンを意識しないようにしながら言った。
「ソファーがあった所ね?」
「そう」
「わかったわ、後でね」
ジョアンが手を振りながら廊下を歩いていった。
「彼女さ」
エレベーターの前まで来て、シュンが口を開いた。
「え?」
「ジョアンって、鷹人の恋人だろ?」
シュンが聞いてきた。さあ、答えるんだ、俺――。
「えぇ、はい」
そう、俺は彼女とまだ付き合っている事にしていたんだ。いいんだ、これで――。
「綺麗な人だね」
「有難うございます。俺にはもったいない位なんです」
「そんな事ないよ。すごくお似合いだった」
エレベーターのドアが開き、2人で乗り込んだ。
「向こうで知り合ったの?」
「ええ、近所のパーティーに呼ばれて行ったら、そこで会いました」
「鷹人から声掛けたの?」
「いえ。彼女、すっごい積極的なんですよ。俺が口説き落とされた感じかなぁ」
「そっか。すごいね鷹人」
「別に…。俺が凄いわけじゃないですよ」
「俺、鷹人の恋人が外国の人で、ちょっとビックリしたよ」
「そうですか?」
「うん。何となくね」
お互いに顔を見れなくて、エレベーターのドアを見つめながら会話をした。
「なんかさ、英語話してる鷹人って、別人みたいだったなー」
シュンがそう言ってから、俺の方を見てクスクス笑った。
「え、どうして?」
「いつもわりとゆっくり話してるじゃない、英語だとすごく早口に聞こえるなーって」
英語話してるときは、人格も変わるのかな? なんて言って笑っていた。
1階につくと、シュンと並んでエレベーターを降りた。
「お疲れ様でした。俺ここで待ち合わせしてるんで」
「そうなんだ、残念。時間あるかな? って思ったんだけど」
シュンが真っすぐ俺を見た。勘違いしてしまいそうで、俺はすぐに目をそらしてしまった。
「すみません。それじゃ、また」
「じゃ、又今度ね」
シュンがエレベーターの方に戻っていくのを見送っていた。
俺もシュンともっと話したかった。
そう考えてから頭を振った。いつまでも、引きずるなよ…。
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