28 / 62
第28話
2人で縄のれんをくぐって、店の中に入っていった。「いらっしゃいませ」と大きな声が店のあちこちから聞こえくる。
すぐに威勢のいい店員が席に案内してくれた。その店員は去り際に「メチャメチャ綺麗ですね」と言ってしばらくジョアンに見とれていた。
何でも食べられるから、と言って注文した料理は、焼き鳥、お刺身、豆腐サラダ、餃子に春巻き、ゲソ揚げ…本当にありきたりなメニューばかりだった。だけど、ジョアンはどれも美味しいと言って食べていた。
飲み物は主に日本酒。前からジョアンは酒豪だったので、顔色を変えずに飲んでいた。俺はあまり強くないので、控えめにしていた。ジョアンをちゃんとエスコートしないといけないし――。
「会えると思っていなかったわ」
ジョアンがつくねを箸で串から外しながら言った。
「俺も驚いたよ。あんな所で会うとはね」
俺はシュンと一緒だったので、複雑な気持ちになってしまったけど――。
「運命なのかしらね?」
串から外したつくねを一つ箸でつまんで、俺の口の前に差し出しながらジョアンが言った。
「そうかもね」
俺はそう答えてから、差し出されたつくねをパクッと食べた。笑っているつもりだったけれど、顔が引きつっているような気がした。
「そういえば、ずいぶん感じが変わったよね」
表情を見られたくなくて、俺はすぐに話を変えた。
「前より若くなったと思わない?」
胸を張りながら小首を傾げているジョアンは、昔の大人っぽいイメージとは少し違っているようだった。
「あぁ、ビックリしたよ」
「だって、年なんてとっていられないもの。年々若くなるみたいよ。私」
「そっか」
「もったいなかったって思った?」
「うん、ホントに」
2人でしばらくお互いの顔を見ながら笑った。
それからお互い、わかれた後の事を話していた。他愛の無い会話だったけど、彼女と話をするのはとても楽しかった。積極的にバリバリ仕事をしている彼女は、今でも尊敬すべき存在だ。
2時間位飲んでいただろうか? いつの間にかジョアンは俺に寄りかかりながら俺の左手を両手で包むように握り締めていた。
「ねぇ、タクト、私のホテルに来ない?」
思いのほか酔っていた俺は、疲れていたこともあって、早く帰って眠りたかった。
「ごめん、あの、ちょっと仕事残ってるから」
こういうのを断るのは失礼なことだとわかっていたけれど――。
「来て欲しいのよ、もう会えないかもしれないから」
断り切れなかった俺は、ジョアンの悲しげな声に誘われるように店を出て、タクシーで彼女の泊まっているホテルに向かった。
タクシーの中でも、ジョアンは俺の手をずっと握っていた。懐かしい彼女の身体の温もりを隣に感じて、ホッとしているのが自分でもわかった。彼女となら、普通に将来を考えられるのではないだろうか?
ホテルの部屋に入ると彼女が俺に抱きつき、キスを仕掛けてきた。このところ仕事ばかりで女性を抱いていなかった俺は、直ぐに性欲に支配されてしまった。
「ね、抱いてタクト。貴方が欲しいの」
そう、いつも彼女の方から誘ってきた。そして俺は彼女を拒めない。
「俺も――」
シャワーを浴びるのももどかしくて、キスをしたままお互いの服のボタンを外し、ベッドになだれ込み荒々しく抱き合った。
久しぶりに抱いた彼女の体は、前と変わらずに柔らかくて、暖かくて、ここが俺の居場所なんじゃないかと思った。その時、彼女の横にいることが自分の幸せのような気がしていた。
彼女の事を抱きしめたまま、髪を撫ぜる。彼女は気持ちよさそうな顔をして、俺の唇に軽くキスをした。
「ねぇ、ジョアン。俺と一緒にならない?」
俺の口から、自然にその言葉が出た。シュンの事も、サチの事も、その他の様々な事も何も考えられずに、そう言った。
ともだちにシェアしよう!