34 / 62
第34話
「お連れの方がお見えになりました」
その時、嫌な予感がした。
「お連れの方?」
店の人が開けたドアの向こうには、サチが微笑みながら立っていた。
「こんばんは」
サチがゆっくり部屋の中に入ると、店員は俺達に向かってお辞儀をしてからドアを閉めた。
「おい…進藤」
嵌めたな…その言葉までは言えなかった。
「こんばんは、サチさん。どうぞこちらに座って下さい」
進藤がそう言って、空いている椅子をサチに進めた。進藤とサチがが笑顔で挨拶を交わしている間、俺は1人苦虫を嚙み潰したよう顔をしていたことだろう。
「やっと会えましたね。渡辺さん」
サチがそう言って微笑んだ。その微笑みの意味を探って、俺はブルーナ気持ちになっていた。
「どうも」
俺はサチに軽く頭を下げてから、進藤を睨みつけた。
「おい進藤、何で勝手に…」
「鷹人、お前、俺のお願い聞いてくれるんだろ?」
進藤は俺の視線を無視してそう言った。
「進藤さんを恨まないで下さい。俺が頼んだからなんだ。俺が、渡辺さんに会いたいって」
サチがそう言って俺を見て微笑んでいた。
「な、鷹人。そんな不機嫌な顔するなよ。サチさんに失礼だろ?」
「わかったよ」
今日の進藤は、最初からやけに機嫌が良かった。おまけに奢るだなんて普通じゃなかった。
こういう予定でいたからなんだ――。
それからしばらくして運び込まれた料理は、さっきの店でかなり食べてきたはずなのに、酒のつまみというよりも食事のようなものだった。
「進藤さんが頼んでくれてたんですね?」
サチが進藤の方を見ながら優しく微笑んだ。
「えぇ、サチさんがきっとお腹すかせているんじゃないかと思いまして」
「有難う御座います。ハラペコなんです、スタジオから直行なんで」
進藤も笑顔を向けながら、サチの前に温かい料理がのっている皿を移動させた。それから、みんなのグラスにビールを注いでいく。
その様子を見ていて、何気ない気遣いの出来る進藤が、俺よりはるかに大人に見えた。
俺だって、一応大人だ。場の雰囲気を悪くするような事はしたくない。とにかく、差し障りの無い会話でもしてやろうじゃないか。
「サチさんはレコーディングでもしているんですか? シュンさんは詩を書いてるって言ってたと思うんですけど」
「あぁ、俺、サーベルの仕事は今、休みなんだ。俺は曲作りのノルマ達成してるけど、みんなは終わってないから。俺ね、ソロでアルバム出すから、しばらくはそっちの方をやってるんだ」
サチが一気にそうしゃべってから、皿にのっている料理を箸ではさみ、口に入れた。
「色々あって大変ですね。所で、ソロ活動って皆さんやってるんですか?」
「まぁ、それなりにね。みんながみんな音楽関係ってわけじゃないけど。リュウはあれでも、絵本を何冊か出してるよ。ナツは最近映画に出てたな。あ、シュンも前に映画出た事あったよ。渡辺さん知ってた?」
「え、あぁ、話だけは聞いた事があります」
昔バイトの後輩から話を聞いて、その後、映画をビデオ屋で借りるか迷った事があった。
「渡辺さんは、シュンの事が気になるの?」
「え? どうして」
サチから聞かれて思わず焦ってしまった。ずっと話を聞いているだけだった進藤に視線を送ると、進藤は肩をすくめていた。
「うん、別に。何となくね」
そう言って、ニコッと微笑んだ。大人っぽいと思っていたサチが、やけに可愛らしく見えた。
その後も、サチは俺を口説く訳でも、迫るわけでもなく、3人で楽しく飲んだ。酒が入って、ますます上機嫌のサチが、サーベルに入った頃の話もしてくれた。
ともだちにシェアしよう!