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第45話

 夜になると入院生活は退屈で仕方なかった。傷は痛むけれど、その他は健康そのものだから、テレビをつけたままで、ぼんやり天井を見つめ、耳に入ってくる音だけを聞いていた。 バラエティ番組の笑い声が、いつも以上にわざとらしく聞こえた。  見舞いに来てくれるのは嬉しい事なのだが、それぞれの人達が、俺に色々な思いを残していったような感じで、かなり疲れてしまった。  進藤とサチは、事務所でどうしただろう? お子様な進藤がサチに甘えていたりして? あの体格の良い、男くさい進藤が? いや、それはちょっと考えたくないかもしれない。想像しそうになって、慌てて頭を振った。  吉岡さんはデートに間に合っただろうか? シュンへの思は、彼氏への思い以上なのだろうか? そう言えば、三宅さんは保育園に子供を迎えに行かなくちゃいけなかったはず。仕事しながらの子育ては大変だろう。それなのに俺の事まで気を使ってくれて、さすが母親だな――。  それから…シュン。離婚していたなんて、正直驚いた。でも、それを隠しているのは何故だろう? マスコミに騒がれて、子供にまでいやな思いをさせない為なのかもしれない。奥さんや回りの人の事を考えての事かもしれない。いや、もしかしたシュンが自分を守る為なのかもしれない。  それにしても、自分の子供だと思って育てていた鷹叶くんが、他人の子供だったなんて、それなのに、俺と同じ名前なんて付けてしまって、いったいシュンはどんな思いだっただろう?  シュンの奥さんは、シュンを本当に愛していたのだろうか?  でも、子供の事は本当なのかどうかはわからない。シュン本人になんて聞くわけにもいかない。 そうだ。サチなら、彼なら知っているのかもしれない。以前にシュンに言っていたような気がする。 「嘘の幸せにしがみついて、その幸せが壊れてしまうより――」って。あれはもしかすると、離婚の事をさしていたのではないだろうか? サチに聞いてみたらどうだろう? 確かめたい、でも、確かめてどうするんだ? シュンがそれを俺にも話さないようにしているのは、やっぱり吉岡さんの言う通り恋人がいるのかもしれない。でも、恋人だったら――。  止めよう。今日はシュンと過ごせて幸せだったじゃないか。シュンは、俺の為に泣いてくれた。それは、今でも俺の事を思ってくれてるって事じゃないか。たとえそれが言葉に表せない思いだとしても。  数日後、病院にしては美味しい昼飯も終わり、テーブルの上にノートを広げた。それは、病院の売店で買ってきた、ごく普通のノートだ。三宅さんに頼めばスケッチブックを買ってきてくれると思うけれど、後になって描いた絵を見せて欲しいと言われる可能性があるから、自分で買う事にした。  俺は今ものすごくシュンの絵が描きたかった。いつも何かあった時に描きたくなるシュンの絵。俺にだけ微笑んでくれているシュンを描きたいんだ。誰にも見せたくはない――。  背中を庇いながら絵を描くのが、思ったより難しい事がわかった。仕事に復活できるのはいったいどの位先になるのだろう? 現実を突きつけられたようで、少し不安になった。  幾つかの絵を描いてみたけれど、思うように描けなかった。シュンの笑った顔を書いたつもりだったのに、ノートの上には、いつもよりも悲しげな顔のシュンがいた。

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