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第46話

 溜息を付きながら、ノートをサイドテーブルに残し、トイレに向う。ついでに顔でも洗ってこよう、少しは気分が変わるかもしれない。  傷の痛みを感じるのが少ない左手で顔を洗い、タオルで顔を拭きながら、喫煙所に顔を出した。タバコは殆ど吸わないけれど、他の入院患者と話をするのが息抜きになるのだ。 「おぅ、渡辺くん。調子どない?」  俺よりも一回り年上の西村さんと話を始めた。 「元気なんですけどね、用心して動かないと痛くて。体がこっちゃいます」  西村さんも刃物で怪我をしたらしい。詳しい話を聞くのは、ちょっと躊躇われる風貌の男性だ。 「まぁ、のんびり行こうや。腕が取れたってか、足が吹っ飛んでぇしもたわけやあらへんんやから。こないな安全でぇぼちぼちできる所に居てるんやから、ええって思わななー」 「そうですね」  西村さんの話には、いつもドキッとさせられる。身体をを張って毎日過ごしていた感じなんだろうか…。  しばらく雑談をしていると、そこに、俺の向かい側の病室に入院している、初老の紳士が来た。 「おう。内藤さん、一本どうだい?」 「あぁ、ありがとう、西村さん。じゃあ遠慮なく」  内藤さんは少し屈むような格好で、貰ったタバコに火をつけてもらっていた。 「あぁ、そうだ、渡辺さん、ちょっと前に病室に誰か来てたみたいですよ。多分男性だと思うんだけど」  穏やかな声で内藤さんが言った。誰かお見舞いに来てくれたんだ? また、進藤だろうか? 進藤は結構マメで、三宅さんにお願いしたものまで届けてくれていた。 「ありがとう御座います。すぐに戻ってみます」 「じゃ、またな。渡辺くん」 「それじゃ」  俺は喫煙所を後にして、病室に戻ってみた。  ドアを開けると、すぐに、椅子に座っている華奢な背中が目に入った。進藤じゃない、この背中は…。 「すみません、今、ちょっと喫煙室に――」  振り返った彼は、俺のノートと鉛筆を手にしていた。 「シュンさん。あ、あの」 「ごめんね、勝手に見ちゃった。鷹人、傷の具合はどう?」  さり気無く鉛筆をサイドテーブルに戻しながらシュンが言った。ノートはシュンが大事そうに抱えたままだった。その姿を見ているうちに、俺は頬が熱くなった。 「えっと、痛み止めが効いてるので、今はそれほどなんですけど、まだ痛みが残ってます。もしかすると、時間がかかるかなって。ごめんなさい、いつ仕事に戻れるか」 「心配しないで、大丈夫だよ。俺達の本は、鷹人が元気になるまで、俺が進めておくから。焦らないで。俺はいつまでも待ってる」  そう言ってシュンが俺を見つめた。俺はその瞳に掴まってしまいしばらく動けないでいた。 「鷹人? ベッドに入りなよ」 「あ、はい」  シュンの声で我に返った俺は、慌ててベッドに潜り込んだ。

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