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第54話

「や、鷹人」  何だ、進藤かよ――  そう思いながら、俺は「おう、今開ける」と伝えた。  そして、進藤に対する苦情の数々を心の中で呟きながら、玄関まで行きドアを開けた。 シュンは俺の隣に並んで、ギュッと俺の手を握っている。 「よう鷹人。退院祝い、どうだった?」  進藤がニヤケながら立っていて、その後ろから、サチが顔をのぞかせた。 「よ、お二人さん」  やっぱり進藤の言ってた退院祝いって――俺は思わず苦笑しながら答えた。 「おかげさまで――」 「おめでとう!」  進藤とサチは顔を見合わせた後、シュンと俺の肩をポンポン叩いた。 「ごめん、俺、忘れてたよ」  繋いでいた手にギュッと力を入れてから、シュンが申し訳なさそうに俺を見た。 「何をですか?」 「あのな、シュンさんはこれからレコーディングの続きをする訳。だから、声が枯れちゃうような事されると困るんじゃない?」 「はぁ? な、何言ってんだよ進藤。そんな」 「ごめんね、渡辺さん。後で迎えに来るって言っておいたんだけどなぁ? シュン」  サチの言葉に、シュンが恥かしそうに俯いてしまった。 「ごめん、鷹人。また来るから」  シュンが謝ると、間髪入れずにサチが口を開いた。 「でも、しばらくはセックス禁止だからね」  俺はなんと答えたら良いのか迷い、進藤を睨みつけてしまった。 「たかとー、俺が悪いんじゃないぞ? 上手くいったんだから、焦ることないだろ」 「ま、まぁね」 「はぁ。良かった。これで俺たちもお役御免だよな」  進藤が安心したようにため息をついた。 「何だよそれ?」 「お前達って、相手の為だから――とかで、お互いに嘘つきあってたんだろ? 悲劇のヒロインじゃないな、悲劇の主人公になったみたいにさ」 「その言い方、なんか酷くないか進藤?」 「でも、その通りだったかも」  シュンが俺の横で微笑んでいた。この人の笑顔を見られるなら、それで良いやと思える瞬間だった。 「鷹人かシュンさんか、どちらかが、早く行動を起こせばいいのにってずっと思ってたんだぜ。苦労したよ」 「苦労って、お前、俺に何かしてくれたのか?」  言った後に思い出した。シュンの仕事を無理やり俺にやらせたり、サチが俺に迫ったりしてたのって、もしかして、俺達をけしかけてるつもりだったのか? 「あのさ、色々知ってたなら、普通に教えてくれよ」 「知るか。俺はそんなに優しくないの」  進藤が吐き捨てるようにそう言った。 わかってるけど余計ややこしくなってたような気がするんだけど――。 「さぁ、行こう、シュン」  サチがそう言うと、シュンが寂しそうな顔をして、俺のことを見つめた。だけど、進藤はそれを見て見ぬふりをして、「じゃあな」と言って歩き出していた。 「わかったよ、頑張って、早く終わらせよう」 「だろ? もうすぐレコーディングも終わる事だしね。終わったら休み取ろうよ。お互いに恋人と過ごす時間を作らなきゃね」 「でも、俺、すぐに本の仕事――あ、いいや。鷹人と一緒に出来るんだ。結構中身進んだんだ。楽しみだな」  シュンが華が咲いたような笑顔を浮かべた。 「鷹人、レコーディング終わらなくても、時間がある時に来るから。そしたら、な?」  シュンがそう言ってから、俺の唇にキスをした。 「わっ、そんな事するシュン、初めて見た感じ。でも、渡辺さん、くれぐれもシュンを鳴かせ過ぎないようにして下さいね」 「そ、そんな」  焦っている俺を見て、サチが笑いながら、熱い熱いって手で自分を扇いでいた。 「はいはい。もう、行きますよー」  先にエレベーターの方に歩いていってた進藤の声が聞こえた。 「じゃね、鷹人」 「また」 「それじゃ、シュンは俺が預かりますから」  サチがウインクしながら手を振っていた。  俺は、自分の回りで起きた出来事が、まだ信じられないでいた。自分の妄想が膨れ上がって夢でも見てたんじゃないか? と思ってしまう。 だけど、台所に行って、冷蔵庫を開けてみると、シュンの持ってきてくれたケーキとワインが入っていた。  本当の事だったんだ―ー!

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