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第3話
遡ること一か月前。
「星川さん」
背後から自分を呼び止める声に、星川湊 が立ち止まってから振り向けば、後輩である持田 海里 が、笑みを浮かべて足早に近寄ってきた。
「社内で会うなんて珍しいですね」
「ああ、そうだな。持田はいつ帰って来たんだ? 」
「昨日戻ったところです。星川さん、今日は…… 」
持田が何かを言いかけたところで、湊のピッチが着信音を響かせる。
「ごめん、また後で」
内線代わりに持たされているから、出ないわけにもいかないそれを、内ポケットから出して告げると、
「ラインします」
と、耳元で小さく告げた持田は、手を振りその場を後にした。
二人の勤めるSMUグループは、知名度こそそこまではないが、多岐に渡って物流事業を展開する大企業であり、全国はおろか海外にも多く拠点を置いている。
その事業内容はといえば、さまざまな企業の商品を、各所の物流センターで一括管理し、それを全国の小売り店舗へと発注に応じ配送するのが主な仕事で、物流のノウハウを生かし、時には鉄道の新型車両の運搬なども行っていた。
また、最近ではファイナンス部門や通信販売、それに、海外での活動にもかなり力を入れていて、その勢いはいまのところ拡大の一途をたどっている。
(俺は、あまり関係ないけど)
入社してから丸四年、東京本社の人事部へと勤務している湊には、華やか見える営業部門になんら関わる所はない。それでいいと思っているし、目立つ事の嫌いな自分には今の部署が合っていると心の底から思っていた。
人事の仕事を馬鹿にしている訳ではない。
全ての社員の福利厚生や、個別の事案に対応する為、仕事量もそれなりに多いし、やりがいもかなり感じていた。
「っ! 」
そんな事を考えながら、ピッチの通話を済ませて切ると、今度は自分のスマ―トフォンが小さく振動するのを感じる。素早くそれを確認すると、さっき自分に声をかけてきた後輩からのラインだった。
(今日…… って。そうか、金曜だ)
後輩である持田海里の所属している海外事業部は、社内のエリートが一同に揃ういわば花形事業部だ。そんな彼と湊の間に接点などは無いように見えるが、二人の間にはとても人には話せないような、淫らな秘密が存在していた。
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