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第12話 廃人の伴侶

 何日、ソファの上で過ごしただろう。  電話が鳴ったり、駐車場に止まった車がけたたましくクラクションを鳴らしたりしたことがあったが出なかった。  どうしたらいいのだろう。  それを考え続けていた。  この事実を隠そうか、と思ったが、逃げ切れる自信は無い。あがけばあがくほど、泥沼に嵌まりそうだ。 「祥様……少しは食事を……」  朝6時に出勤してくる従路は何度も食事を勧めてきた。だが、一切口にせずソファに座ったまま動かなかった。 「……」  従路が日めくりカレンダーを破り取った。  今日は8日だ。世の中は既に日常を取り戻している。暖雅の会社は大騒ぎになっているに違いない。 「従路……」  部屋の掃除を終えた従路に声をかけた。  従路はすぐに姿勢を正し、視線を合わせてくる。 「私はこの身を暖雅に捧げる」 「……とおっしゃいますと?」 「一生、暖雅と共に過ごす。廃人となったアルファに全てを捧げるオメガになる」  言い終えた暖雅はうなじを露わにした。 「しかし……祥様……それではお父様の……」  従路がうろたえた。  祥の父は優秀なアルファで外交官だ。  母親はオメガだが、ずっと外交官の父に従って出世を下支えしている。  父の後は妹が継ぐが、両親は祥をどこか良家のアルファに娶らせるつもりでいた。  何度か見合いのような話もあった。  祥の見た目が美しく、華奢で女性のような体をしているから男を恋愛対象としないアルファでも受け入れてくれるだろう、と両親は言っていた。  それが、二度と人として動くことのない廃人のアルファと添い遂げると言ったらどうだろう。しかも、父の仕事に大きな影響を与える不都合な者だ。  両親が絶対に許さないのは明らかだった。  オメガは一度うなじを噛まれると他のアルファとツガイになれない。一度ツガイになったら人生は決まったようなものだ。 「祥様、今一度、お考えを……」 「もう、考えた……。考え疲れたんだ」  寂しい笑みを浮かべてから暖雅の唇を撫でた。  暖雅とツガイになったら発情は起こらなくなる。暖雅に対してだけ欲情するようになるが、その暖雅は廃人だ。二度と抱いてもらえないし、祥の欲は満たされることがない。  自分が廃人にした相手を目の当たりにし続けながら一生を過ごすことになる。 「私が話そう。父と母、そして暖雅の父にも」 「しかし……それでは祥様が……」  もし製薬会社の社長である暖雅の父に特異体質が知れたらどうなるだろう。  祥の体が研究対象になるのは火を見るより明らかだ。  しかも大切な息子の人生を壊した張本人となれば仕打ちは苛烈なものになるだろう。従路はそのことを心配していた。 「それも仕方がない。これまで何人もの人生を壊してきたからな」  そう笑うと暖雅の口を押し開いた。  雄の本性を剥き出しにしたアルファの鋭い牙が見えた。それを自分のうなじへゆっくりと引き寄せる。 「祥様!」  従路の悲鳴に近い声が聞こえた。  これでいい。贖罪だ。  そう思いながら目を閉じ、手に力を込めた。  鋭い牙が皮膚を裂き、肉に食い込むのを感じる。  鋭い痛みが全身を襲うが、それが耐えようのない快感に変わっていくではないか。これがツガイになるということか。 「んっ! ぁぁ……はる、がっ」  両腕に力を込め、暖雅の顔を一気に引き寄せた。  グリュッと鈍い音がして牙が肉を抉る。 「暖雅……ぁぁぁ――」  これでツガイになれる。  廃人の伴侶……。  自嘲気味な笑みを浮かべ、祥は得られる最後の快楽に長く溺れていた。

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