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第14話 愛を誓って
濡れ場に乗り込まれた祥と暖雅は、人前に出られるような姿になってから従路の車でホテルへ向かった。
目的地はラルフが取ったスイートルーム。
ラルフと暖雅、啓司と祥、そして従路が揃って夕食を摂りながらこれまでの経緯を話し合ったのだった。
祥と暖雅はクリスマスの夜に偶然出会った。
酒を飲みながら実は小学校の同級生だったことが分かって親密になり、その後、暖雅が一方的に関係を求めて祥を口説いた。
確実にモノにしたかったため、片時も離れず機会を窺い、偶然、発情が起こったので強引にうなじを噛む行為に及んだ、ということになっていた。
おかげでラルフが啓司に平謝りだった。
暖雅の話では、アルファが強引にオメガを支配したことになる。
「……そんな説明でいいのか?」
この説明では自分が好き放題やったことが全てなかったことになってしまう。だが、暖雅は唇に人差し指を当ててウインクした。
「いいから黙ってろ。場が混乱するだろ?」
「……」
ラルフと啓司がドイツ語で話し合うのを見ていたが、唐突に二人に視線を向けられて一瞬、身を退いた。
「祥、いいのか? ……いいのかと言っても、もう、ツガイになっているのだが」
数年ぶりに会う父に心配の言葉を向けられ、照れくささくなってしまう。
この場に居る全員に申し訳ない気持ちでいっぱいだが、結果に一切の不満はない。
「Willst du meine Frau werden?」
不意に暖雅に言われ、頬を赤らめた。プロポーズだった。
「Natuerlich will ich!」
勿論、と答えて俯く。
改めて言われると非常に恥ずかしい。しかも親の前だ。
ラルフが立ち上がり「家族として歓迎する」とハグしてきた。啓司も近付いて来て肩を叩く。
不意にラルフが早口でなにかを言った。しかし暖雅がラルフの胸を叩いて黙らせた。
「……さっき、親父さんはなんと言った?」
場が和やかになり、ラルフと啓司がワインをかなり口にしてから暖雅の耳元に囁いた。
「いや……それはいいんだ」
「……なんだ? 隠すな」
隠す、という言葉が効いたのか、暖雅はコホンと軽く咳払いしてから小声で答えてくれた。
「『あれがお前の運命のツガイか? それなら相性は最高だろう。早く孫を作れ』だと」
「!」
「『二人の部屋を取るから励め』と言っていたんだ。いや、親父の会社は支社がいっぱいあって、本社も役がいろいろあるから……重要ポストは身内で固めたいらしいんだよ。あ、いや、俺はいいんだが」
その言葉を聞いた祥は頭を抱えた。
「……今日はもう、無理だ」
「……え」
「『え』ってなんだ! まだヤるつもりだったのか!」
「いや、だって……折角、ツガイになったから、もう遠慮は要らないと思って」
従路の前で抱き、大勢の男達の前で鳴かせたくせに、まだヤる気とは呆れたものだ。
「そのデカイ図体と旺盛な性欲に答えていたら私の体が壊れそうだ」
「でも、発情期……」
「ツガイになったら発情しない!」
「えぇ! もう、エロエロな祥を拝めないのか! メガネ外してエロエロで悶える祥も好きなのに!」
「エロエロ言うな!」
思わず声が大きくなったが、二人の父親の視線が刺さってくる。
コホンと咳払いしてからワインに手を伸ばした。
「いや、ちょっとちょっと! ……ソレは止めとけ」
「どうして!」
「飲むと歩く変態吸引器になるし、タガが外れやすくなる。あ、いや、飲ませて酔わせてタガ外した方がいいのか」
「ったく! ……飲まない! 帰る!」
「え?」
「従路、帰るから車を出してくれ」
声をかけると端で静かに料理を楽しんでいた従路がスクッと立ち上がった。
流れる動きで荷物とコートを準備してドアに近付く。
「祥! 帰るって、なんで!」
「スピカが待っているし、桜や牡丹、藤と萩も待っている。自動給餌器にエサが残っていたか見忘れたからな」
「それなら俺も帰る」
「親父さんと話があるんだろう? いつぞや、秘書に電話でアレコレ言われていたようだし。会社に顔を出したり忙しいんじゃないのか?」
「な! なんで、それ、知ってんだ!」
「壁に耳あり障子に目あり、だ」
「お前の家、障子あったか?」
「物の例えだ!」
従路がドアを開けた。
振り返ることなく外へ出る。従路が一同に向かって一礼し、静かにドアを閉めた。
「よろしいのですか?」
従路は不安そうだった。
その言葉を聞いて足を止める。それから大きな溜め息を吐いた。
「祥様?」
不思議そうな顔をする従路に全力で抱きついた。
唐突に抱きつかれた従路は一瞬、面食らったような表情になったが赤子の頃から面倒を見ている仲だ。背中に手を添えて静かに受け止めてくれた。
「……良かった。本当に、良かった。……暖雅が……暖雅があのままだったら、私は……」
声が震える。
ずっと罪悪感と胸を押しつぶす不安に苛まれていたのだ。
急展開だったが最悪の事態にならずに済んで全身の力が抜けた。
早く一人になって何も考えずに呆ける時間が欲しかった。やっとその時間を手に入れられた。身も心も脱力し、崩れ落ちそうだった。
「龍福様は今年、大吉でなんでも成功する年だったのでしょう。その通りになりましたね」
優しい従路の声が耳に心地良い。
「どうしてそれを?」
「ソファで龍福様と一緒に座っていらっしゃる時に祥様がおっしゃられました」
「……そうだった」
しばらく背中を撫でられていると心が落ち着いてきた。生まれた時から世話をしてくれている従路は実の親以上に近しい存在だ。
「祥様と同じおせち料理がわが家に届きました。ありがとうございました。祥様のメッセージカードが入っていて本当に驚きました。私の方が感謝しなければならないのに、あのような心温まるメッセージをいただいてしまって……」
「いや、本当に感謝している。夏と冬、従路に暇を出すといつも困るんだ。頼りっきりだと痛感するよ」
正直な思いを口にすると従路がクスッと笑った。
「私も、もう年です。還暦をとっくに過ぎておりますし、そろそろ職を辞させていただこうかと」
「……そんな」
従路が一歩先へ進む。
「祥様には龍福様がいらっしゃいます。お二人でよい家庭を築いてください」
エレベーターのボタンを従路が押した。
複雑な気持ちだった。嬉しいのに悲しい。色々なことが一気に起こりすぎて頭が付いていかない。喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。両方の感情が頭の中で入り乱れていた。
「今夜はごゆっくりお休みください」
エレベーターのドアが開いた。
従路と一緒に乗り込む。
エレベーターの中で体を反転させると、廊下の向こうに男が見えた。
「……祥様、いかがいたしましょう」
「閉めろ」
「かしこまりました」
コートを鷲掴みにし、廊下を駆けてくる大柄な男に笑顔を向けた。
従路が主の言葉に従う。
「え、えぇぇぇ!」
暖雅の情けない声が閉まるドアの向こうで響いていた。
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