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第2話 デート
金曜日ということもあって、クラブ・ニュー椿は盛況であった。
「カオルちゃん、今度あたくしとゴルフしないこと?運転手に送り迎えさせるわ。」
「いや、ボクはゴルフはしたことがないので(セットは質に入れちゃったし、独身寮になんて迎え寄こせるかよ)。」
「あら、じゃああたくしが教えて差し上げるわ。」
「×川さん、レッスンだったら、腰でも肩でも触り放題ね~。」
「あらいやだ、○田さんったら。」
「奥様みたいな方に手とり足とりでしたら、ボクも早く上達するかもしれませんね。」
今晩のお客はいかにも有閑マダム風なオバサマ4人連れだ。彼女たちの夫達もこうして銀座や赤坂で同じようなセリフを言っているのだろう。同じ歌舞伎町の夜の蝶たちと違って若さはないが、金をかけているだけに綺麗ではある。
(はぁぁ。こんなところに来る金があれば、恵まれない俺に寄付でもして欲しいもんだよ。)
それでも最近は気の効いたセリフの一つも言えるようになってきた。自分でもいささか情けないが、これも生きていくためだ。それにしても早く帰ってくれないかなぁ。明日はデートなんだけど。
本音は週末は休みたいのだがたまにはデートもしないといけない、そのためにも早めに上がりたいとかそんなことばかり考えていた。
案の定夜中遅くまでクラブで働いた瀬島薫は寝坊し、彼女の電話で起こされた。
「カオル、いつまで私ここで待つの!」
「悪い・・・直ぐ行くから。」
3歳年下の早紀は、同じ会社の後輩に当たる。彼女の入社時に同じ部署にいたことからつきあい始め、もう3年近く経っていた。
「ごめん、昨日ちょっと飲みすぎちゃって。」
「なんだかこのごろ変だよ、カオル。」
早紀はちょっと膨れたような顔をしたが、気を取り直して瀬島の腕をとって歩き始めた。
最近の瀬島はどこか変だとは早紀も感じている。残業もそこそこに8時過ぎにはオフィスを飛び出す。アフター5のデートなんてしてくれなくなった。独身寮に帰っている様子もなく、夜になるとスマートフォンが繋がらない。とりあえず浮気を疑ったが、確証もないし、ウダウダ五月蝿い女だと思われたくないのでそれ以上の詮索はしないでいる。
映画を見た後、早紀が服を見たいからというので銀座のデパートに入り、婦人服のいる場を歩いていると、瀬島が急に早紀の腕をとって非常階段に隠れた。
「ちょっとカオル、どうしたのよ?」
「いや・・・ちょっとマズい人がいたから。」
「なによ、それ?昔の彼女かなんかなの?」
瀬島が自分に秘密を持っているような気がしてたまらなく胸騒ぎがした。
「いや、ちょっと仕事のね。」
お茶を濁したが、まさかニュー椿の常連であるマダムとはちあわせるとは。
「ふーん。」
早紀はいぶかしんだが、いまは自分がこの人の彼女だという自信があるので彼に従おうと決めた。このまま行けば結婚するのだろうし、そのときにしっかりした奥さんとして印象つけたい。
しかし、やはりおかしい。そう確信したのは夕食をとりに入ったレストランでのことだった。ついホストクラブの癖が出て椅子を引いて思いっきりキザに椅子を勧めたのだった。
(椅子を引いて、それはステキだけど・・・その”どうぞ”って手の動きはいくらカオルでもキザ過ぎない?)
まぁ、これだけハンサムだし絵にはなる。こんなスマートな恋人を連れているなんて周りはさぞ羨ましいだろうとちょっとうれしくなったのも事実だが。
「ねぇ、この間K子の結婚式行ったら、ブーケトスで私がとったのよ。」
「ふーん。」
気のない返事とともにパスタをフォークにからめる。
「来週もS美の披露宴で、これで今月3件目なのよ。寿貧乏ね。」
「ああ。」
「早くモトとらないとね。」
「・・・・・・。」
つきあって3年、そろそろそんな話をしてもおかしくないのだろうが、今の瀬島薫にはそんな余裕はなかった。
だいたい、莫大な借金を抱えている男に娘を嫁にやるような奇特な親などいる訳も無いし、早紀は「腰かけ」を自負しているのだから結婚などしたら養わなくてはならない。
一応大企業のエリートサラリーマンであるからそれ相応の給料をもらっているのだが、今は自分の昼食代だって頭が痛いのに、その上扶養家族なんて・・・正直、うっとうしい。
そう思っているとスマートフォンが鳴った。鍔木の電話だ。
「カオル、今どこだ?」
「銀座だが。」
「人手足らなくってさ。ヘルプ入れねぇか?鮫島と雄介が今さばいているけれど。」
「わかった。9時には着くと思う。」
そう言って電話を切ると、伝票を手に立ち上がった。
「どうしたの、仕事?」
「いや、鍔木がちょっと。」
鍔木という友人がいることは聞いている。親友で、水商売だとか。なんだかそんな友人と目の前の恋人の接点がわからなかったが、自分とデートしている目の前で予定を入れられて面白くない。早紀があまり文句を言わないので瀬島としては正直助かっていることもあるが、正直ここで食事代を出したらもうバーにもホテルにも行けない状況で、この後すぐ送っていったらさすがに味気ないだろうとか、不満気な顔をするだろうななどと思考を巡らせていたから、デートを中断させる理由がついてしかも時給まで入る点で鍔木の電話は天の助けのように思えた。
ロッカーでソフトスーツに着替えてフロアに出ると、どこかで通行止めがあったために他のホストたちの出勤が遅れ土曜日の晩だというのにまだ数人しかいなくて、青木雄介が黒服のままニコニコして座っていた。
瀬島が来るまではここのナンバーワンだった鮫島が一緒のソファにいる。曇りのない雄介の笑顔を見ると、妙に和んだ。いつも思うのだが、この青年は何故水商売をしているのかは知らないが、深みにはまって出られなくなる前に足を洗う方が彼のためになるだろう。たまに一緒にラーメンを食べたり、屋台で飲むぐらいなのだが、純粋に自分を慕ってくれることが心地よく、この青年の未来は守りたいという妙な気持ちになっていた。
「あ、カオルさん。」
こちらに気づいた雄介が手を振る。
「よかったー、カウンタ空いちゃって。支配人の作るカクテル、いいかげんだから。」
え、と思ってカウンタを見ると鍔木がYシャツの腕まくりをしてくわえ煙草でシェーカーを振っている。サマにはなっているが、大雑把な男なので味は押して知るべしだ。
(あちゃぁ・・・。)
「遅くなって済まなかったな。おれは、雄介の作ったギムレットにしてくれ。」
「はいっ!」
そう言って、ぺこりと頭を下げるとカウンタに小走りで戻っていった。
「カオル様のお出ましなら、俺はひこうかな。」
鮫島が一瞥をくれてちょっと嫌味を言う。鮫島はここのベテランホストで、鋭い目つきでちょっと危険なニオイがする辺りが人気がある。事実、指名は瀬島の方が多いが鮫島は固定給で、しかも歩合の額が半端でないニュー椿の稼ぎ頭で、マンションも、車もお客に買ってもらったものだと聞いたことがある。
「ボクはあちらにご指名いただいたから。」
とやんわりとその場を逃げる。
ホスト同志はみんな営業上のライバルであるし、仲良さそうにみえても心の底から友情なんて感じているはずがない。まして、サラリーマンと兼業しているくせにナンバーワンホストになって、しかも支配人のダチなんてうっとおしい存在でしかないのだ。早紀のことも、借金のことも、ここでのことも・・・誰も本当の自分なんてわかってはいない。周り中からプレッシャーをかけられているようで八方ふさがりだ。瀬島が溜息をつくと雄介が「お待たせしました。」とギムレットを持ってきた。
グラスの底にメモが貼りついているのに気がついてこっそり見ると「なんだかお疲れみたいですね。元気出してください。」と書いてあった。カウンタの方をちらっと見ると、雄介は微笑んでサムズアップをした。早紀と一緒でも感じたことのない温かい気持ちが溢れた。コイツの笑顔を、守ってやりたい。
仕事を終えて店を出ると、既に太陽が昇っていた。瀬島は溜息をつくと、今日こそ独身寮で惰眠をむさぼろう、その前に洗濯を済ませないとなどと考えていた。
(マジ身体もたねぇよ、これじゃ。)
「カオル、サウナ行くか?」
鮫島が眠そうな顔をして聞いてくる。よく、二十四時間営業のサウナで汗を流し、仮眠して帰る事があるのだ。
「いや、俺は寮に帰って洗濯しないといけないから、また今度にするよ。そういえば、雄介は?」
「ソッコで帰ったぞ。なにか用事あるんだろう。」
平日は、翌日仕事があることを知っているので「お疲れ様~」と挨拶をするだけのことが多いが、今日のように休日の場合は「この後どうするんですか?バッティングセンター行きましょうよ。」とか「カラオケしてモーニング食べて帰りましょう。」とか誘ってくるのに速攻で帰るなんて、何の用事なのだろう。デートか、そうだ。
自分だってデートするんだから、フェアじゃないか。でもなんだか物足りなかった。
「お先~。」
そう言って、新宿駅の方へ向かった。もう始発は動いているはずだ。
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