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第10話 Jet-Set

「雄介、歩き方がヘンだぞ。」 「え、わかっちゃいました?」 鮫島はからかい半分でカマをかけたのだが、雄介はあっさりそれにひっかかってしまったので逆に鮫島の方がうろたえてしまった。 「マジで?」 「やったな、雄介。」 「赤飯かぁ、こりゃ?」 「・・・何の騒ぎだ?」  瀬島薫が店に現れた時には既に支配人である鍔木をはじめ店のホスト全員の知るところとなっていた。 「おっ、新郎の登場か。」 何が起こったかよく把握しないうちにホスト達に妙な激励をされていたが、それが「雄介とのこと」であると気づくとかぁっと赤くなってしまった。当の雄介は頭など叩かれて「えへへっ」と崩れるような笑みをしている。 「今日は、店あがったらお祝いな。」 「さ、仕事、仕事。」 鍔木がとロッカーでホストたちを追い立てるようにしながら集合できる人数を数えていた。 「さすがー、支配人。」 過去を知る者もそうでない者も店のマスコットである雄介に恋人ができたことは素直に喜べることのようだ。 半分はバカ騒ぎをする理由が欲しいのだろうが、ちょっと人とは違う恋愛を素直に認められたことは悪くない。  「・・・オマエも、なんだか憑きものが落ちたような顔しているぞ。」 例の「祝賀会」で飲んでいると隣に座っていた鍔木が瀬島に話しかけた。 「アイツとさ、例の鬼子母神に行って、佳耶さんに誓ったんだ。雄介は俺が守り通すって。」 「ケンカは無敵だが、精神的には決して強くないからな、雄介は。」 「そうかもな。でもそれだけじゃなくて、お互い不足を補いあいながら肩寄せあっているという気もするな。」 「良い関係じゃないか。」  そう言ってふっと陰った鍔木の横顔が瀬島は気になった。お互いプライベートについては進んで話すことは無かったが鍔木は学生の頃からステディを作らずに自由な恋愛を楽しんでいた。今はどうしているのか詳しくは知らないが、店で忙しいのかそういった噂も聞いていない。 「鍔木。」 「ん?」 何か悩んでいるのか、と聞こうとしたところに鮫島が割りこんできた。 「正直アンタがナンバーワンなのは顔だけかと思っていたが、あの猛獣を飼いならしたところをみるとそれだけじゃないようだな。」 「猛獣、か。」 皮肉っぽい言い方だが、鮫島にとってはこれが精一杯の祝福の言葉なのだろう。面白い表現をするな、と笑っている傍で鍔木が鮫島の方へ視線を向けていた。 まさか、おまえ。  自分自身はそう言うことに鈍い方で、ましてもともと同性への興味があった訳ではないからその手の秋波はわからないが、これだけは疑いが無いだろう。 鍔木は、鮫島に惹かれている。 だが、鍔木がアプローチすれば支配人という立場を利用していると周りは見るだろうし、鮫島にその気が無くてこじれて店を去られると実質的な稼ぎ頭だけに頭が痛いところだろう。どちらもプライドが高いしこの世界で駆け引きには長けているから、ヘンに間に入ることは逆効果だろう。  そのお客が来るようになったのは店をあがる時の日の出の時間が遅くなったなと感じはじめた頃だった。 「あのマダム、何者だ?」 「シャ●ルのオートクチュールだな、あれは。」 ニュー椿は有閑マダムがメインの客層である。最近は価格を下げて女子高生も入れている店もあるが鍔木は 「うちは幼稚園じゃねぇんだ。本当の男女の駆け引きを楽しんでもらうのがモットーだから。」 とかなり敷居を高くしている。 それだけに、ホストにもそれなりの教養が求められているし、ロッカーにはマダム御用達の雑誌が積んであって、何処のブランドの物を身に付けているかぐらいはわかるようにしている。だからそのマダム、といっても30代前半だが、が如何に金のかかった服装をしているかは一見して明らかだった。靴からジュエリー、全て入れると瀬島のリーマン時代の年収を超えているであろう。  「お目が高いな。ジュンにご執心だぞ。」 鮫島の周りでひらひらと戯れる様子から「マダム・バタフライ」という名で裏では呼ぶようになっていた。 その通り、毎日二十三時ちょうどに現れて、鮫島を指名する。鮫島には既に固定のマダムが付いていたから彼が店にいないと解ると帰ってしまう。指名の数では瀬島がトップだが固定客と動く金額では鮫島にかなわない。 誰の目にも美青年と映る瀬島薫は初めて来た客やあまり遊びのないマダムに受けが良いが、鮫島を指名してくる客はいずれも通好みに属する高級クラブのママや政財界の大物の2号でその遺産や手切れ金で店を持っている人などが多い。あのマダムもそうだろうか。だが水商売の女性の空気は持っていない。もっと気品というか、凛とした空気を持っている。  いつしか「マダム・バタフライ」が毎日ファッションショーのように華やかに装い現れることがニュー椿の日課になっていた。  そんなある休日、夕食の片付けをしているとTVを観ていた雄介が「あーっ!」と驚いた声を上げた。 「どうした、雄介?」 「この人、ジュンさんの。」 面白い番組が無いかとチャンネルをザッピングしていたら「世界の富豪に嫁いだ日本人」などというバラエティを流していた。そこに映っていたのは「金鉱王」と呼ばれるアラブ系ビジネスマンの妻である「マダム・バタフライ」であった。アラブの王族の血を引く金鉱王とは留学先のブリュッセルで知り合い、パリの高級アパルトマン、郊外にはシャトー、ニューヨーク5番街にペントハウス、別荘はカリブ、ニース、モルジブと桁外れで日本ではオークラのスゥィートを定宿にしているという。 「よくわからないけれど、すごいお客なんですよね?」 「億とかそういう単位じゃないぞ、これ。」 うらやましいとかそういう次元を超えていた。 「でも、なんで日本に来ているんでしょうね?」 「里帰りじゃないか?」 「カオルさん、どうします?こんなお金持ちのマダムがついたら。」 「どうするって、想像つかないなぁ。カリブの別荘とか行って見たいけれど。」 「そうしたら、俺も連れていってよ。とびっきりおいしいカクテル作るからさ。」 雄介と恋人になって月という単位で時が過ぎていき、瀬島はもちろんホストとしての仕事を続けている。時には店外デートもあるのだが何故か仕事だと割りきっていて雄介はやきもちを焼かないし不満ももらさない。自分が逆の立場だったら心中穏やかでないだろう。 瀬島は雄介をそっと抱き寄せると優しく口付けた。 「ウソだよ。たとえプライベートジェットでカリブに連れて行ってくれると言われても、俺はここでオマエと二人でいる方が幸せだな。」 「うふっ。俺ね、カオルさんがホストで嬉しいことが一つあるんですよ。」 「何だよ。」 ヘンなことを言うなぁ、と思いながらバードキスを交わしていると 「口説き文句が上手くなったから。」 と悪戯っぽく笑った。

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